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もう一人の自分に別れを告げよう/『心が叫びたがってるんだ。』 

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「あの花」メインスタッフによる完全新作映画となれば見に行かなければならない。
 ということで実写進撃の巨人後編を鑑賞後にはしご。
 これは凄い作品でした。キャラクターがしっかりと生きていて、真実味に迫る声優陣の演技。高い完成度を見せつけてくれました。
 
 「言葉」をテーマにドロドロしすぎない展開で爽やかな後味を与えてくれる。感動作と言われると疑問です。泣ける映画ではなく鑑賞後はほっこりとした暖かな感情で満たされる作品。

 物語の核心に迫るネタバレを含みます。

どのような作品なのか


 本作のテーマは言葉だ。
 幼少期に父親の不貞を目撃したことを、母親に喋ってしまったせいで家庭が崩壊した「成瀬順」、本音をはっきりと言えない「坂上拓実」、秘密を持つ「仁藤菜月」に夢破れた野球部のエース「田崎大樹」の4人が中心となる。
 相容れない四人が織りなす青春ドラマになっている。

 成瀬順は自分のせいで家庭が崩壊した。その自責の念で他人と会話することが出来なくなってしまった。
 四人は担任教師の一存で地域のふれあい交流会の実行委員として選ばれる。喋れない成瀬順が選抜されてさあ大変。出し物も教師の一存でミュージカルと決まる。喋れない成瀬順にさらに追い打ちをかけてくる流れにどう対抗するのか。と、意外にも「私はやれる」と。歌うことはできる。普通にしゃべると腹痛という呪いが発生するが、歌う事ならできると言い、クラスを驚かせる。
 成瀬順の一言で物語の針は緩やかに動いていくのです。

 成瀬順が言葉を失った経緯も冒頭で簡潔に示されくどさは一切感じられない。
 言葉を封印した存在として玉子の妖精が登場するのですが、一見コミカルに見えるが中身はあくどいという絶妙なバランス。この妖精を自身が作り上げたことにより玉子の殻の中に押し込められてしまうというわけです。

 事件や軋轢が特に起こることもなく、物語は淡々と進んでゆき、時間の経過とともに四人の止まった時間が動き出し、殻を突き破ろうとする様を見せてくれる。
 とってつけたような大事件が起きるわけでもないので、物語やキャラクターの心情はすんなりと頭と心に入ってくるので納得して鑑賞することが出来る。

 淡々と緩やかに進んでいく。それがラストの印象を増大させて殻を破る様を克明に見せつけてくるという構成になっている。
 読めるようで読めない物語が本当に楽しませてくれる。少年少女の心の在り方を突き付けてくるのだ。

もう一人の自分

 ここからはラストのネタバレを掲載しています。


 この作品は玉子を象徴的なものとして描いている。打ち破るべき存在。押し込めれらた狭い場所として、玉子が描かれている。
 
 そして、玉子の妖精。これはもう一つの自分として見ることが出来る。玉子の妖精は「家庭が崩壊したのは成瀬順のせい」と言う。しかし玉子の妖精は自分自身が作り上げた存在でしかない
 

 幸せだったあの頃の自分が、おしゃべりな自分を許さないという「自責の念」から妖精を作り出してしまったのだ。つまり、玉子の妖精こそが「もう一人の自分」なのだ。
 もう一人の純粋無垢な自分が、おしゃべりな自分にすべてを押し付けて殻の中に閉じ込めてしまうわけです。


 ほかの3人も同じだ。心のどこかにもう一人の自分が存在している。本音や秘密、失意がもう一人の自分と見ることが出来る。
 ふれあい交流会の成功へ向け奮闘する中で、それぞれが作り出したもう一人の自分と向き合い、それと如何に対峙していくのかを見出してゆく。もう一人の自分は時間が停止していて、煤もとしても腕をつかんだまま離してくれない。先に進ませてくれない。
 
 本作のテーマは「言葉」だ。人は言葉を駆使することで多様な人物になり変わることだってできる。言葉一つで世界を塗り替えることも、破壊することもできるわけだ。言わなければならない事がある。言わなくてもいい事がある。聞かなければよかった事だってある。
 言葉一つで、その人の世界が変貌することを描いている。
 何気ない一言が人を動かすことに繋がるのだという現実が、これには存在しているのだ。

 やはり象徴的なのはミュージカルのシークエンスだ。この終盤部を語らずにはいられない。
 このミュージカルは成瀬順が考案したオリジナル。自身の言いたいことがそこに書き綴られている。罪を犯したお姫様は言葉を失うという内容だ。彼女の人生そのものを描いている。そんな重い内容だが、なぜだか爽やかな印象を与える不可思議なミュージカルになっていた。

 ここからは成瀬順と坂上拓実の二人に絞って書いていきます。

 成瀬順はふれあい交流会の実行委員として緩やかに「殻へとひびを入れていく」
 実行委員に選抜されたことで今までの自分では成し遂げられなかったことへと挑戦していく。踏み出すことを決意する。それが無自覚に殻へヒビを入れていくのだ。

 坂上拓実への恋心を抱くのも、殻を打ち破ることに繋がっている。しかしふれあい交流会の本番直前にその恋心が打ち破られる事態が発生する。彼女はミュージカルで主演のお姫様を務めるのに、坂上拓実の言葉を聞いたせいで本番に姿を現さなくなる。

 成瀬順は殻を打ち破るどころか、それを辞めてしまうという。
 そうして、本番の時間が来る。成瀬順を待つ時間は失われ、本番は代役を立てることになった。

 坂上拓実は彼女を見つけ出し、なぜ逃げてしまったのかを問う。だが彼女は本音は言わない。心の奥底にある真実を吐き出してくれないのだ。坂上拓実はこの光景を見て、彼女と自分が似ていることに気付く。
 本音を言えない彼女は自分にそっくりだ。今まで言いたいことを言えずに後悔してきた自分がそこにいた。彼女にそうなって欲しくはないと感じ、彼女の慟哭にも似た言葉の洪水を全身で受け止める。そして恋心すらもしっかりと聞き遂げる。

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 本音を吐露した成瀬順を見たからこそ、自分も本音を言わなければならないと決意で来た。
 成瀬順こそが坂上拓実の「玉子の妖精」なのだ。
 
 坂上拓実ははっきりと告げる。他に好きな人がいることを伝える。そうして成瀬順は「知っていた」と吐露する。二人は全てを残酷な真実をようやく受け入れたのだ。そして二人はミュージカルへと向かう。うーん、青春ですねえ・・・。

 ミュージカルは終盤に差し掛かっており、今更主演を変更することはできない。言葉を失ったお姫様の心の声として成瀬順が登場する。
 壇上で言葉を失い呆然とするお姫様が成瀬順そのものなんですよ。言葉を失い、そのせいで時間が止まった幼少期。言葉を失ったあの日の自分が壇上にいる。
 あの時は玉子の妖精というもう一人の自分が現れて、お口にチャックをしてしまった。だが、今回は違う。ミュージカルという舞台で形は違えども、あの日を再現することにより、言葉を失わなくてもいい未来を作ろうとしているのだ。
 
 今度は玉子の妖精ではなく「自分自身」が、「自分自身」を取り戻すために現れた。歌うことにより思いの全てを吐き出して、壇上にいるもう一人の自分と遂に別れを告げ、殻を破り自己を取り戻したのだ。


 キャラクターも単純な存在になっていない。記号化された高校生ではなく、心までしっかりと作りこまれた「人間」が存在していた。高校生の持つ理想と、なかなか打ち勝てない現実を逃げることなく描き切った。アニメでありながらも、物語と登場人物は限りない現実味を持ち、画面の世界で生きていたのだ。

 タイトルも過剰ではない。しっかりと叫んでいる。
 言いたいことが言えない。それも叫びの一つとしてとらえることが出来る。出来るか分からないが、前に進むしかない。それも叫びだ。叫んで叫んでようやく自分を取り戻す物語だ。
 他人どころか自分とも正直に向き合えない。青春の時期にはそういうことが誰にでもあると思うんです。
 その明確で現実的な苦悩がラストを際立たせている。ミュージカルは慟哭の叫びに変貌し、自分を認める儀式に昇華される。それを終えたのち、少年少女は過去の自分と決別する。

 泣けるのかと問われると「個人的にはそうじゃない」作品に感じた。
 暖かさで満たされる。鑑賞後は満足感が支配してくる。そんな作品です。
 昨今のアニメでは珍しい現実的な傑作アニメーションが誕生しています。