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炎上する『映画宣伝』を叩く理由は、あなたが『映画を好きだから』

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もはや異様な宣伝は風物詩と化したように思える。芸能人吹き替え、作品とは全く関連のない芸人を起用しての宣伝手法、挙句のカット騒動が発生するなど、泥沼化の様相を見せている。

 

stohspaceg.hatenablog.jp

映画宣伝で顕著なのが芸能人吹き替えの問題がある。これには上記記事が大きな反響をいただいたので、今回は映画宣伝全体に関する話だ。

 

そもそも映画宣伝は炎上しているのか?

 

映画と関係のない俳優、下手な芸能時吹き替え。謎のキャッチコピー・・・。不可解な宣伝手法は枚挙にいとまがない。このような内容が発表されると、ネット上ではガソリンに火を放ったかのような炎上騒動に発展するのが様式美的になっている。

 

しかしそれはネットの、それも特定の集合体(クラスタ)で発生している。映画クラスタが憤っていても、別のクラスタは「へえ・・・」と自分の領域が侵されない限りは、 無関心を貫くのだ。

ネットを離れればなおさらである。テレビや雑誌では炎上なんてほど遠い、まるで別世界のように芸能人を前面に押し出した宣伝が行われている。

 

つまり、我々が思っているほどに「市民権」は得ておらず、同時に配給会社からしてみれば「どうせ文句を言いながら見に行くんだろう」とみられている存在なのだ。

どんな宣伝でも気になった映画は見に行く。映画好きは心当たりがあるのでは。

結局、映画宣伝はごく一部で炎上しているのみなのだ。大きく見ると、炎上どころかそうそくの火ぐらいでしかない。大した炎上ではないのだ。

 

ジュラシックワールド吹き替え問題における長谷川アナウンサーの疑問がある。本格的に炎上させるには知名度のある人が積極的に吹き替えなり宣伝手法なりの問題を取り上げないと発生しないだろう。

そして、改善にはつながらないだろう。

 

なぜ宣伝に芸能人を起用するのか?

 

端的に言えば「相乗効果があるから」という理由だ。吹き替えに芸能人を起用する理由も、吹き替えにすら関係がない芸人を起用するのもそれが理由なのだ。

昨今はネットの普及によりテレビの影響力が低下してきたというが、大多数の人にとって情報収集のツールは未だにテレビなのだ。

 

ネット発の流行も出てきているが、世間一般が知りえる流行は未だにテレビから生み出されている。ゆるキャラブームもそうだし、芸人の流行り廃りもそうだ。結局、テレビが流行を生み出しているのである。

ネットの流行は一部の人間に限られているのだ。

 

総務省調査 平成 25 年 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査 < 速報 >

この調査からも総体的にはネットよりもテレビの利用時間が高いことが示されている。

第4回「映画館での映画鑑賞」に関する調査 - NTTコム リサーチ 調査結果

http://research.nttcoms.com/database/data/001974/image/image08.gif

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グラフを見てほしい。テレビCMが一番で、次に劇場での予告、テレビ番組内での紹介が三番手に来ている。

まだまだ、テレビの利用が強いというれっきとしたデータがあるのだ。

 

つまり、映画の宣伝というのはテレビから情報を得る人へ向けて行われていることが判明する。テレビから情報を得る人が圧倒的に多いのだ。

だから、テレビへ情報を流すために芸能人を起用するのだ。

 

テレビのCMやワイドショーへの露出となるとかなりの費用が必要になるだろうし、洋画に関しては近年不調気味の傾向である。

そういった事情も加味して考えると宣伝に芸能人を起用するのは当然の帰結と言えるのかもしれない。

 

research.lifemedia.jp

15年2月に発表されたデータであるが、映画鑑賞頻度自体が低下している結果が出ている。

http://research.lifemedia.jp/imi/images/150225_movie_q4.png

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このグラフは映画館で映画を見る頻度である。

映画好きなら月1は当たり前だ。しかし年に1回も鑑賞しない人が30%を超えているのだ。

月に1回以上観に行く人は全体の約6%であり、そういう人は何をしようと、極端に言えば「何もしなくても」、公開の告知と予告さえ見せれば見に来てくれるのだ。

 

しかし、約6%の人は特殊だ。

それ以外の層を掴むためにはどうするべきなのか。訴求力のある芸能人を使用するのが手っ取り早いのだ。

 

洋画の低迷だけではなく、映画離れが進んでいるというデータがはっきりと出てきている現状において、もはやなりふりかまってはいられない事情があるのだろう。

芸能人を起用すれば様々な媒体で取り上げられる可能性がある。

最初に記した「相乗効果」がここで発揮されるのだ。

 

テレビCMの放送料金は推定だがこのサイトに書かれている。

広告代理店|メディア価格がわかる『広告ダイレクト』| » テレビCM

15秒CMを「1回」放送した場合の料金だ。地方局ならば1万円台前半で放送できるが、1回だけでは宣伝の意味もない。日に10回流せば10万円ほどかかるということになる。それに製作費やタレントへのギャラを考えると、地方局でも100万円に届く可能性がある。

映画は日本全土で上映されるから、ご当地映画でもない限りは全国でCMを流す必要があるわけだ。つまり全国放送ならば更に費用が必要になる。

 

芸能人を起用せずにテレビCMを打ち、ワイドショーなどで取り上げてもらう。正攻法な宣伝を行うとなるとかなりの費用になるだろ。わざわざワイドショーの枠を確保しPRするだけでもかなりの金額になるはずだ。

そこで最も費用対効果がある「芸能人」を宣伝に起用する。

そうすれば宣伝費は安く済むので。

 

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芸能人を起用すれば、マスメディアが記者発表の場に現れて勝手に情報を拡散してくれる。

テレビで最新の話題として取り上げてくれるだろう。話題の人、吹き替え初挑戦という芸能人を起用すれば芸能コーナーのあるワイドショーならば、ほぼ確実に露出するはずだ。その時「映画○△の吹き替えに挑戦」や「○×の宣伝隊長に就任」と作品名がテロップで登場するか読み上げられるはずだ。

芸能人のバックには映画のポスターなどが貼り付けられていて、それが電波に乗る。作品名と漠然とした世界観がお茶の間に伝わるのだ。

テレビCMならば各局と契約する必要があるが、芸能人を起用しての記者会見ならば各テレビ局が勝手に集結し、情報を流してくれるのだ。

 

テレビだけではなくウェブニュースや雑誌などの他媒体でも取り上げられるだろうから、芸能人1人を起用して数百万から数千万というギャラを払えば、あとは自動的に拡散してくれるのだ。

声優のタレント性はまだ低い。一部の人しか知りえないし、一部の人しか有名ではないのだ。だから、宣伝には使えない。

芸能人を使えば、配給会社がわざわざ広告枠を買い取って宣伝するという費用と手間が省ける。自動で他媒体でも配信されるから露出度がアップする。

つまり「相乗効果」が生まれるのだ。

 

結局、テレビから情報を得ている人がまだまだ多いという現状がこの問題に変化を与えないのだ。

そして映画離れが進んでいるという状況下で洋画や邦画問わず、もはや余裕がなくなってきているのだろう。

大多数の人が目にする可能性が大きいテレビで、費用対効果の高い宣伝を行うには芸能人が一番なのだ。

だから、ネットで何を言ってもどうにもならない。それが答えだろう。

とにかく1人でも観客動員を増やしたい。

 

わざわざプロモーション番組を放送できる映画作品は、それこそ確実な動員が望めるシリーズ物だけだろう。

 

邦画でも露出を増やすために芸人の起用やアニメ・特撮でも旬な人をゲストに迎えることもある。

もはや映画自体が危険な領域に突入しているのかもしれない。

この宣伝手法で利益が出ているのかと言われると詳細なデータがないので不明としかいえない。

ただ無くならないということは、僅かでも利益につながっているということなのだろう。

 

作品を貶めているのは誰か?

 

宣伝手法に異議を唱えることは間違ってはいない。だが、文句ばかり書きなぐっていては作品の価値を下げることに繋がる。

 

配給の宣伝手法により作品の本質が歪められているのも事実だ。

正直に言わせてもらう。

それ以外で作品を貶めているのは映画ファン自身だと思えるのだ。

 

ここで一例を見ていきたい。

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amazonn.co.jpから一例をまとめた。

 

さて、この評価の低さ。

何も知らない人が見たらどう思うか。

「こんなに評価低いのか、見ようと考えていたがやめておこう」と思う人が出てきてもおかしくはないはずだ。

レビューを読んでも吹き替えがどうとしか書いていない。それで評価を低くしているのだ。

気持ちはわかる。だから嘆かわしい。

 

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作品自体のを面白さがどうなのか。それを書き記すのがレビューなのではなかろうか。

吹き替えも面白さの一部という意見には同意する。

しかしだ。この低評価で初鑑賞の人々が踵を返すことがあるというのを考えないのだろうか。

吹き替えの問題だからと、レビューにそれを書き綴っても「なんだか素直な気持ちれ見れなくなるから、やっぱり見るのをやめよう」

そう思っても仕方がないだろう。

 

作品自体はそれほど悪くはない。むしろ素晴らしいと手放しで評価できる。しかし吹き替えがクソだから、と衆目を集める通販サイトや映画批評サイトで不当な評価をしていいのだろうか。

作品自体は最高だが、吹き替えがクソだから星一つ。

もはやこのような評価は作品を貶めているとしか思えない。

貶めているのは配給会社だというかもしれないが、この評価のやりかたは配給と同じ穴の狢になっている。作品を貶める、その一役を買っていることになるのだ。

 

ダメな吹き替えが問題というのは理解できる。

だが、作品に興味のある人がこの荒れに荒れたレビューを見てどう思うだろうか。純粋な気分で鑑賞できない、鑑賞を辞めるかもしれない。

 

それならば「吹き替えがダメですが作品自体は最高です。鑑賞時は字幕をお勧めします」と簡素に書き記し、評価は正当に行うべきだと考える。

この星による評価は『何も知らない人が映画の面白さを”簡潔”に知る上では重要な存在といえる』

パッと見で、作品の面白さが判別できるのが点数や星の数による評価なのだレビューを読まず星だけを見て判断する人も多い。

つまり、映画ファンの怒りが初鑑賞者を寄せ付けなくしているのだ。

 

映画ファンの怒りは理解できる。だが、映画ファンの怒りそのものが作品を貶めていることに繋がっている。そう思えて仕方がない。

好きだから故の鞭。その鞭は無知な人から見ると異様なものに写る。

 

DVD化で吹き替えが変更されることを望んでいたのに、そうしなかった配給会社が悪い。

その意見は大いに賛同できる。

でも、その文句を書くべき場所がアマゾンのレビューなのか?

もっと適切に意見を述べる場所があるはずだ。

配給会社にメールをすることが適切ではないのか?

 

大多数の人にこの問題、怒りを知ってもらいたい。

それならば点数を下げずにレビューを書く方法があるはずだ。

私はそう思う。

 

映画ファンはどうすればいいのか?

 

映画が好きだから宣伝へ文句を言いたくなる。

そうだとしても、ネットで憤っていても仕方がない。あなたが使用しているツールはなにか。

Twitterやブログ、LINEは何のために存在しているのか。文句を言うだけのために存在しているのか?文句があるなら直接配給会社にメールをしたほうがましだ。

こんなところで文句を言って、公式アカウントに文句を飛ばしても意味はない。「また何かいってるよ」と無視されるのがオチである。良くても事務的に140文字以内で返答されるだけだ。

懇切丁寧な文章で配給会社にメールをした方が、まだ反応があるだろう。

そう思えるのだ。

 

だからネットの力を利用する方法もある。

総務省調査 平成 25 年 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査 < 速報 >

先ほども紹介した調査だが10代や20代の若年層はテレビとネットの利用時間がほぼ同じ(横ばい)である。

ここに注目をしたい。

 

若年層が映画の情報を最初に入手するのはおそらく「テレビ」だろう。

そこで芸能人による映画の宣伝を目にする。妙なキャッチコピーが登場する。

大多数の人はテレビ情報で終わってしまう。こういう作品をやるのか、と思うだけで終わることだろう。実際に鑑賞すると宣伝と百八十度違うことに首をかしげることになるかも知れない。

 

だが若年層はネットとテレビの利用時間がほぼ横ばいなのだ。

映画ファンは「なんだこの宣伝!この作品はこんなんじゃねーぞ!」と憤怒の書き込みを行っているはずだ。ここで怒り任せではなく「これはこういう作品です。愛押しですが、実はかっこいいアクション満載なんです」と落ち着いた書き込みを行ってみよう。

 

ツイッターならばRTで拡散される可能性がある。若年層もツイッター使用率は高いだろうから、映画クラスタではない、アニメや漫画、ファッションクラスなどのに正確な映画の情報が届く可能性がある。

 

怒り任せな書き込みを行うのではなく、映画の正確な情報、魅力を流すようにしてみるのはどうだろうか。

 

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文句を言うなら配給会社にメールや電話をするのが一番だ。ツイッターの公式アカウントに宛てても無視される可能性が高い。会社への意見なら事務的だろうが返答が来る可能性が高い。

 

ツイッターやブログは拡散ツールとしては非常に有効なのだ。

「芸能人が吹き替えするが、この作品は評判がいいから!こんな魅力があるから」と拡散してみよう。

それだけで無関心だった人の心を動かせるかもしれない。

海外版予告をブログやツイッターで拡散するのもいいだろう。とにかく、見所はこういう点だとファンがPRしていくのが一番だ。

 

若年層の映画離れが叫ばれる昨今において、彼らの使用頻度が高いネットを利用しない手はない。

とにかく、配給会社が提示する魅力「以外」の魅力をファンが提示していこう。そうすれば「え、これってこんな作品なの!?見てみたい」と思う人が出てくる可能性がある。

そういう若者が、後の映画ファンになるかもしれない。

 

だから、衆目に触れるネットで文句を書き綴るのもいい。ただあまりに過激な文句は作品を貶めることに繋がる。だからほどほどにし、配給とは違ったアプローチで作品をPRしていくのが一番だと思える。

 

こんな宣伝はやめろと書きなぐるなら配給会社にメールをするべきだ。何通、何十通という意見が来れば考えを改めるかもしれない。希望を捨ててはいけないのだ。

 

ツイッターに何度も文句を連投するのならば、魅力を書いた方が建設的だし、興味のない人が琴線に触れるかもしれない。

 

映画ファンにも好まれて、映画を見ない人の琴線にも触れる。そんな宣伝を行える余裕は今やもうない。かつての東宝○和如く、過激な宣伝が行える体力はどこにもないのだ。

 

だから、映画ファンは映画の魅力を拡散していくべきだ。

ネットでのファンによるPRが功を奏したとなれば、配給会社の考えにも変化が及ぶかもしれない。

 

本気で変えさせたいなら、映画を観に行かないことが一番。でもそれができないのが映画好きの性。

映画館で暮らしたいほどの人々に映画を見るなというのは拷問に近い。だから映画が好きなら、文句はほどほどにして、あとはせっせと魅力を拡散していこう。

 

映画を見た後、素晴らしかった、クソだった。そう言い合える人が1人でも増える未来を作っていこう。

未来の映画ファンを作っていこう。

 

我々は配給会社とは違う。一般人だからこそ、ビジネスの考えを排除できる。だから、様々な人を映画の世界に連れて行けるはずなのだ。

 

そう思いつつ映画を、また映画を見ていく…。

 

さよたま (@Sanyontama) | Twitter