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【機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ】『おっぱいに埋もれて死にたい』はギャグ発言か否か

第1話 鉄と血と


 おっぱいに埋もれたい。

 2015年秋クールで最も注目されているのは、やはり「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」だろう。ガンダムシリーズの最新作と言うだけで、とりあえず鑑賞する人は多いはず。
 記事執筆時点では2話まで放送されている。2話までに判明している情報をもとに執筆していることをあらかじめ断っておく。
 ついでにガンダムシリーズに造詣が深くはないことも伝えておく。

 問題となっているのは2話だ。
 「でっけえおっぱいに埋もれて死にてぇ」との発言があった。過去にこの発言を行ったモブキャラ「ダンジ」が戦死する。モブの遺品を手に悲しみに暮れる友人が「お前言ってたじゃないか! 死ぬときはでっけえおっぱいに埋もれて死にてぇって」と公表した流れだ。一見すると恥ずべき過去を炙り出されたように見える。

 ギャグにしか思えない発言だが、本当にコメディ要素として盛り込んだ発言だったのだろうか。ウェブ上ではギャグ扱いする人も多く見られたので、個人的にこのセリフの真意を考えていきたい。

鉄血のオルフェンズ


 まず「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」の要素をまとめてみよう。

  • タイトルのオルフェンは「孤児」という意味
  • 舞台はテラフォーミングで地球と同等の環境を得た火星
  • 火星は地球の植民地同然で、各地で独立運動の機運が発生している
  • 火星は四つの経済圏に分割されており、そのため貧困問題が深刻化している。中でも子どもたちが一番の被害者になっている
  • 主人公、三日月・オーガスは民間軍事会社のCGSに所属する少年兵
  • 三日月所属のCGS参番組は火星のクリュセ地区独立活動家クーデリア・藍那・バーンスタインの警護を依頼される
  • 地球はクーデリアの暗殺を目論見、地球の治安維持組織ギャラルホルンを派遣し、三日月所属の参番組と交戦する
  • 実際には独立運動のヒロインを暗殺することで火星の怒りを地球に向けることが目的

  このような作品だ。
 
 CGS参番組は非正規雇用の少年兵で成り立っている。少年兵は生活難や人身売買でCGSに所属することになった。正社員の大人たちからは不当な扱いを受けており、捨て駒として存在している。
 
 以上から、本作は「孤児と戦争」が物語の骨幹になっていると考える。

戦争における欲求の存在

 まずこのおっぱい発言に見え隠れする性的な側面を見ていきたい。

 軍隊というのは古来から男で成り立つ世界だ。最近は女性兵士の活躍も増えてきたが、世界を見ると徴兵制が存続している国では基本的に男が徴兵される。一部の国では女性も徴兵されるようだ。
 しかし、軍隊というものは男の割合が高い。女性兵士の前線部隊参加制限があったことも関係しているのかもしれない。余談だが世界では女性兵士の前線参加が徐々に解禁される動きにあるらしい。

女性兵士の戦闘参加、各国の状況 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

 制限等もあるせいか、軍隊は男の組織というイメージに繋がり、実際に組織の割合もそのようになっていると思われる。

 海外へ派兵される場合、チーム全員が男ということもある。軍が公開する映像などでは、アフガンなどの戦場でヘリや車両に登場する兵士が全員男というのは当たり前の光景だ。女性兵士の前線部隊参加制限も存在したため、このような光景になるのだろう。
 そんな戦場で女性という存在は稀有となる。そしていつ死んでもおかしくない状況に置かれている。妻や恋人が遠いところにいるなかで、性的欲求をどう解消するのかが問題だ。
 現地人に手を出せば国際問題になりかねないし、自分の首を絞めることになる。だから欲求解消の手段は狭まってしまうわけだ。

 ここでデンマークのドキュメンタリー映画であるアルマジロという作品を紹介したい。
 この作品はアフガンに派遣されたデンマーク兵士に密着している。
 作中で兵士は刺激を求めるために軍隊へ入隊したと語り、仲間という存在が欲しかったとも語っている。任務以外の時間はあまりの退屈さに文句を漏らすほどだ。
 そんな彼らの退屈しのぎはゲームをプレイしたりバイクを運転したり、ポルノを見ることだ。

アルマジロ(字幕版)

アルマジロ(字幕版)

 

 
 注目したいのはポルノの存在だろう。戦場には風俗店があるわけでもないし、妻や恋人もいないから、性的欲求を発散させるにはポルノを見ることでしか成しえないのだ。
 ポルノを見て自慰行為に耽ることが唯一の性的欲求を発散させる手段だろう。
 自慰行為だけでは物足りず、欲求が過熱しすぎると戦時暴力的な側面を見せ始めるのだろう。

 地獄の黙示録でもプレイメイト(プレイボーイ誌に掲載されるヌードモデル)の慰問に兵士たちが大興奮していた描写があった。
 フルメタルジャケットでも売春婦を買う兵士の存在が描かれていた。
 現実でも古来から現在まで軍隊と性の問題が継続されているし、基本的に戦場(軍隊)と性的欲求は切り離せない存在と見ていいだろう。その欲求をどのように発散させるのかという問題がある。
 
 鉄血のオルフェンズでは少年兵が描かれている。
 年齢的には中学生から高校生ぐらいの少年たちだろうか。丁度性的な物への関心が顕著に表れる時期だ。CGSには今のところ女性が皆無だ。そんな中でおっぱい発言をしたダンジは女性と触れ合ったことが皆無だと思われる。女性の裸体という物は写真や映像でしかを見たことがないはずだ。そこには多感な時期特有の性的な欲求と同時に、未知なるものへの憧れが含まれていたように思える。だから「おっぱいに埋もれて死にたい」と発言したのでは。
 
 軍隊(それに準ずる組織)の中で抑圧され、行き場のない欲求とまだ見ぬ未知の世界。それが少年兵たちをおっぱいに駆り立たせたのだろう。

檻の中


 このおっぱいに埋もれて死にたい発言の後には下記のセリフが続いている。
「おっぱいは軟らけえんだぞ! こんな固いコックピットとは違うんだ・・・!」

 CGSの少年兵は孤児が多い。主人公三日月も孤児だし、おっぱい発言で戦死しているダンジも孤児だろう。
 そんな孤児だらけの組織。上の人間は少年兵を疎んでいるため扱いも酷い。罵詈雑言は日常茶飯事だし、鉄拳制裁も行われる。
  
 少年兵たちはCGS所有の旧型モビルワーカーを動かすため、阿頼耶識システムの手術を受けている。機体とパイロットを直接接続し脳で情報を処理するシステムだが、肉体への負荷が大きいため現代では非人道的として禁止されている。それなのに、少年兵はその手術を受けている。上からは捨て駒としてしか見られていない証左だ。情なんか存在せず、死んだら補充すればいいだけだと思われている。


 彼らは親の愛情を受けたこともないはずだ。ここには殺伐さしか存在しない。人間として扱われているのかも怪しい存在がCGSの少年兵だ。そんな殺伐さを少しでも払しょくするために「あー死ぬときはでっけえおっぱいに埋もれて死にてえなあ」と軽いノリの笑い話として発言していたのだろう。「お前馬鹿だなー」なんて言いあっていたのだろう。そんな会話で気を紛らわせていたと考える。それは笑い話であるのと同時に、いつかは人並みの生活を送り女性と触れ合ってみたいという夢でもあるのだ。

 現実でも同じだろう。戦場では女性に触れることが出来ないからポルノを見るしかない。内心では「俺もビデオと同じことヤリてえ」と思っているだろう。だが、その気持ちは自国まで持ち帰らなければならない。ここでは何もできないからだ。
 ダンジのおっぱい発言が現実の兵士の心情と何ら変わらないだろう。現実の戦場も殺伐さしかない。溜まった欲求の行き場もない。戦場とはある意味檻の中にいるのと同然だと考える。現実の戦場はCGSと全く同じなのだ。
 
 だが、ダンジの夢は叶うことはなかった。ダンジは戦死して残ったのはピアスだけだ。
 固いコックピットとは違っておっぱいは軟らかい。
 おっぱいに埋もれて~の後に、このセリフが続くことで彼らの悲愴さがより色濃くなるのだ。CGSには売られてきた孤児も多い。生活苦でCGSに来た人間もいる。
 人並みに普通の生活を送っていればおっぱいだろうが何だろうが好きなものに埋もれて死ぬことはできたはずだ。しかし、抑圧されたCGSでは自らの手で選択することが出来ない。彼らは捨て駒だから、モビルワーカーを動かす道以外は許されないのだ。
 普通の人生ならば固いコックピットで死ぬことなんてなかったはずだ。それなのに、どうして自分たちには不幸しか続かないのか。固いコックピットとは闇しかない現実に対するあてつけのような発言に読み取れる。

 このおっぱい発言は少年兵の悲劇性を強調させている。ここには闇しかないのだ。
 現実でもどこかで戦争が起き、そこでは少年兵が投入されている事実。それを忘れているのか見ない様にしているのかは分からないが、我々はそれを特に気にすることがない。
 戦争と少年兵。その二つとどう向き合うべきなのか、鉄血のオルフェンズは問いかけているようにも見える。
 現実世界にも通じる戦争の悲劇がこの作品に存在しているわけだ。

終わりに


 おっぱい発言は場面には不釣り合いでギャグにしか聞こえないセリフだ。しかし、彼らの背景と直後のセリフを読み解いていくと、ギャグではなく「悲惨」しか存在しないことが見えてくる。
 このおっぱい発言は「鉄血のオルフェンズ」の闇を克明に反映させているのだ。
 おっぱい発言一つでここまで闇を見せてくれなんてやってくれる。

 この作品では少年たちが抱える血と闇を映し出すことになるはずだ。同時に、格差や闇しかない未来をも映し出し、それは現実世界の現状とリンクしていくはずだ。
 
 抑圧された少年たちはギャラルホルンとの戦闘がきっかけとなり人生が変化していくはずだ。どのような未来をつかみ取っていくのか非常に興味深い。

 少年兵といえばガンダム00でも取り上げられていたが、今作は00よりも、その部分をよりハードに強調させているように思える。
 この作品がどのような方向に向かっていくのか。現実社会とリンクしたテーマを持つ本作から目が離せないことだけは確かだ。

公式サイト:機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ