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なぜμ’sは『知らない人』扱いなのか?『知らない人』騒動から紅白歌合戦の本質を探る

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こんにちは。@Sanyontamaです。

NHKでアニメの再放送が決定し、遂には紅白歌合戦への出場が決定したμ’s。ラブライブに登場する9人組スクールアイドルグループだ。劇中キャラクターの担当声優が現実でもμ’sとして活動を行っている。MUSIC JAPANにも出演済みで、来る12月4日にはミュージックステーションにも出演予定だ。

ラブライブと言えば映画大ヒットし、世界各国でも公開されている。若者に圧倒的な指示を受けているアニメ作品から誕生したユニットである。
そんなμ’sだが、今年の紅白歌合戦に出場が決定した。アニメキャラクターが登場するわけではなく、もちろん実在の声優が担当するμ’sだ。声優の出場は水樹奈々氏に続いて2組目になるとのこと。

そんなμ’s紅白出場に際してとある芸人が「知らない人」と評したことが話題になっている。

news.livedoor.com

国民的番組に知らない人が出るのは如何なものなのかと問題提起している。同時に、そっちの世界では大スターなのだと理解もしている。

この「知らない人」というのは理解できる。
μ’sはTVでの露出も増えている。昨年10月にもNHKのMUSIC JAPANに出演しているし、ライブのTV放送などを含めると結構な回数になる。
しかし、それでも「知らない人」なのだ。なぜ、そうなるのか考察していきたい。

別世界の住人


まず紅白歌合戦というものを考えよう。1951年から放送されている年末の一大イベントだ。これが放送されたら年も終わるという感覚をもたらしてくれるほどの存在だろう。
選考基準に関しては不透明な点が多いので論じることが出来ないが、この紅白歌合戦が大晦日の恒例かつ国民的行事とも言われる所以はやはり歴史と視聴率だろうか。
視聴率は年々下降しているとも言われるが30%台後半を保っているし、どの歌手の視聴率が高かったのかと話題にもなる。
それに紅白歌合戦は北海道から沖縄まで隔たりなく鑑賞できるし、NHKワールドで海外向けにも放送されている。
このように、歴史と視聴率、視聴格差のなさが紅白を国民的行事たらしめている要素だと思える。

そんな国民的行事だからこそ、出場歌手も老若男女が「知っている人」でなければならないとの意見は理解できるのだ。
出場しても「どなた?」では誰も楽しむことが出来ないだろう。一部のファンが喜ぶだけなら別番組でやっていればいいのだ。
紅白出場歌手に求められているのは圧倒的な知名度なのだ。だけど老若男女誰でも知る歌手なんてものは限られている。現実問題、誰でも知る歌手で揃えるのは難しいし、新鮮味に欠けることになるだろう。

紅白歌合戦には毎年「誰?」と問いたくなる人が出演している。
例えば演歌と言うジャンルがある。演歌大御所と言えば北島三郎、五木ひろしや小林幸子、天童よしみといった存在があげられる。楽曲は知らないが名前は聞いたことがあるという面々だろう。

その反面本当に知らない人が出ている。失礼な言い方になるが「若者」からしてみると知らない人が出演しているのだ。
今年初出場が決まった演歌歌手の三山ひろし氏がいる。デビュー曲が10万枚を超え、今年2月に発売となったシングルがオリコン最高13位に食い込んでいる。
しかし、若者からしてみると「誰?」という存在だろう。

若者が演歌の単語で連想するのは大御所の名前と、大御所の楽曲タイトルかサビぐらいだろう。大御所なら聞けばわかるだろうが、それ以外の若手演歌歌手となるとさっぱりなのが現状だ。

なぜそんな現象が起きるのかと言うと、別世界の住人だからだろう。
若者は演歌を聞く割合が低い。演歌は年配のためというイメージが存在していることも関係しているのかもしれない。テレビで演歌歌手が出演する音楽番組は度々放送されているが、それを好んで見る若者は少数だろう。
若者は演歌を聞く機会も少ない。音楽番組は若者向けのバンドやユニットが出演する物しか見ないだろう。現在のミュージックステーションやMUSIC JAPANなどが若者向けと言える音楽番組になるのだろうか。

Electric guitar

対して年配層は若者向けのポップやロックを聞く割合も低いはずだ。
音楽番組も演歌や歌謡曲が主体となったものを好むはずだ。そこにはロックバンドやポップユニットなんかは滅多に登場しない。NHK歌謡コンサートが年配向けの番組だろうか。

つまり、住み分けが出来ているのだ。
演歌や歌謡曲を好む年齢層とロック、ポップスを好む年齢層で住み分けが出来ている。もはや別世界の住人とも言うほどに、認識に差があるのだ。


話題のSEKAI NO OWARIや、BUMP OF CHICKENも知名度はあるだろう。しかしお年寄りに彼らの名を訪ねて代表曲を言えるかは疑問だ。
彼らは「若者には」確実な知名度がある。前者はドラゲナイが様々な意味で一世を風靡したし、後者は数々のヒット曲を持っている。だから若者の知名度は抜群だ。
しかし、その知名度は一定の年齢層に達すると打ち止めになるだろう。
お年寄りが彼らを認知しているかは怪しいのだ。

対する演歌・歌謡歌手も同じだ。大御所は知っているがそれ以外はからっきしだろう。○○という演歌歌手の代表曲はと尋ねられた場合「知らない」と即答するはずだ。

若者とお年寄りでは認識に差がある。
この認識の差こそが「知らない人」を生み出しているのだ。
お年寄りがドラゲナイを知らないと言って「え?それ知らないとかありえない」と思うかもしれないが、それは当たり前なのだ。
お年寄りが好む音楽番組には出演してこないし、街の音楽ショップに行ってもロックのコーナーはスルーする。
若者も同じで、好む音楽番組に演歌歌手が登場しない。音楽ショップでは演歌コーナーを素通りだ。
だから両者の認識が一致することは無いのだ。これは仕方ないことで、個人の趣味嗜好になるから「知らないなんてありえない」と非難することは出来ない。

更なる別世界、それはニッチ


さて、μ’sはその若者向けから更にニッチな部分に君臨している。アニメという分野だ。
国民的アニメなら「誰でも知っている」が深夜アニメとなれば話は変わる。
映画が25億を超えるヒットになっているし、ライブも大盛況だ。しかし、それでもまだオタク向けと言う色眼鏡で見られている。
ラブライブを若者全員が知っているかとなれば、そうではないだろう。認知の割合が高いが、アニメを見ない人や疎い人からしてみると「さてなんだろうか」になる。
アニメという分野になると若者間でも認識の隔たりがあるのだ。

あっちの世界では大スターという発言こそがこの問題を的確に表現している。
若者間でも趣味嗜好が異なれば当然触れる物も違う。そんなアニメに一切触れない人からしてみるとラブライブを名前は知っているだけか、そもそも名前すら知らないかもしれないし、そうなるとμ’sという存在なんて知らなくて当然になってしまうのだ。

アニメ、楽曲に映画がヒットし、テレビにも出演しているのにありえないだろ!?
と思うかもしれない。ラブライブ自体は世間的にプッシュされている感じがあるが、まだ完全にアニメオタク向けのコンテンツからは抜け切れていない印象がある。
そういった事情もあり、アニメコンテンツに触れない人からするとますます「誰?」という印象だろう。
AKBのようにごり押しと言われるほどにプッシュされて認知度を得たわけでもない。μ’s
は未だに一部界隈でとどまっている存在だと個人的には思えるのだ。
だからこそ、認識の断絶が起きる。

あっちの世界では大スター。この発言は本当に的確だ。
自分が知らないが、その界隈では神のように崇められていることは多い。
お年寄りにとって演歌歌手は大スターだけど、若者にしてみると「どなた?」という印その逆もまた然り。
アニメコンテンツになるとそれが余計に細分化されるだけなのだ。若者でもアニメコンテンツに触れるか否かでラブライブとμ’sの認知度に差が出るわけだ。

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若者が演歌に触れる機会がないのと同じで、若者でもアニメコンテンツに触れる機会を得られない人もいる。そういう人に「μ’sを知らない?ありえない!?」と言ってもどうすることもできない。
知らない人がいて当たり前なのだ。

小木氏のように「知らない人が出てる!?」となるのは当然だ。
ライブも盛況。テレビ出演も多数だが、彼からしてみると触れる機会がないわけだ。MUSIC JAPANという若者・一般向け音楽番組に出ていても、その番組を見ていなければ知る機会がない。

BSプレミアムで放送されたアニメロサマーライブやμ'sスペシャルライブにはそもそも見向きもしなかっただろう。
それはただ単に興味がないし、ラブライブやμ'sに触れる機会がなかったからだ。何かのきっかけでこれらの番組を見ていたら決して「知らない人」にはならなかっただろう。チャンネルを回したら偶然に出演していたとか、誰かに薦められたなどの「理由」がなければ一般層はアニメに触れる機会がない。

小木氏の発言は至極一般的な考えから生まれたものだ。そこに悪意のかけらもないだろう。
興味がないから認知していない存在を「知らない」と言っても別に問題は無いからだ。
きっかけがあればこの発言は無かっただろうし、合ったとしても内容が異なっていたはかもしれない。
住む世界が違えば、認識しているものも違う。ただそれだけのことだ。

知らない人歌合戦こそ紅白の本質


これまでに挙げたように、紅白歌合戦は実際のところ「知らない人」歌合戦なのだ。
一般層は演歌もアニソンも知らない。有名な歌手しか知らないだろう。若者は話題のバンドやユニットしか知らないし、演歌歌手なんてさっぱりだ。年配はその逆だろう。

一見すると誰でも知っていそうな歌手が大勢を占める紅白だが、世代間で区切ると見方が変化する。
そこには知らない人ばかりが名を連ねているのだ。
この「世代間別知らない人歌合戦」こそが紅白をファミリー向けにさせている肝の部分だろう。
若者向け、中年向け、年配向け。それぞれの世代に合う歌手を配置することで、家族で楽しめる構成にしているのだ。「この人はこういう歌手で~」と家族に説明することも出来て、知らない歌手に対して相互補完を行える可能性がある。(今の時代、大晦日を家族で一つの番組を見続けることはないと言われるとそれまでだが・・・)
好きな歌手はまだ出演しないのだろうか、というジレンマを味わわせて、知らない歌手に触れる機会を作ることも出来る。
この世代間認識差こそが紅白の肝だろう。知らないからこそ、知るという楽しみを与えているのだ。

この数年で紅白にも「アニメソング」というジャンルが根付き始めている。今年は惜しくも出場を逃したが、水樹奈々氏の活躍もあり、紅白へ徐々にアニメソングと言う物が根付き始めている。
このμ’出場と言うのは現時点での紅白アニメソング集大成とも言えるはずだ。
彼女たちは現在のアニメにおける「顔」だからだ。そのジャンルの顔だからこそ、彼女たちは選ばれたのだろう。このアニメとはドラえもんなどの国民的アニメは含めない。いわゆる深夜アニメでの意味だ。

だからこそ紅白出場が面白いのだ。
知らない人で成り立っている紅白歌合戦に、更にニッチな存在が投下される。世間がこの旋風をどう見るのかは分からない。ただラブライブというコンテンツ、そしてμ’s
という存在が一般層への認知度を高める事は確かだろう。深夜アニメという物の見方を変える可能性も秘めている。

年末の大一番。熱狂的な指示を受け世界の一部界隈でも旋風を巻き起こし、一台コンテンツへと成長したラブライブが、更なる成長を遂げようとしている。
この大晦日に注目せねばならない。