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【考察&解説】『シビル・ウォー』はスティーブ・ロジャースの物語に思えた話

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@Sanyontamaです。

キャプテンアメリカ シビル・ウォーの予告編が遂に解禁。
同名タイトルの原作はヒーロー同士の内紛を描いていたが、実写版もしっかりとその要素を投手する様子だ。


シビル・ウォーはアイアンマンも登場するため「アベンジャーズ2.5」や「アイアンマン4」的な立ち位置になるとも言われていた。
しかし、この予告を見る限りではしっかりと「キャプテンアメリカ」の物語に仕上がっていた。
予告編の重要な点を以下に要約した。

冒頭でキャップが「僕を覚えているか?」とバッキーに尋ねる。バッキーは「ああ、母親の名前はサラだ。君は靴に新聞紙を詰めていただろ」とキャップの家族や個人情報をスラスラと答える。
バッキーは指名手配だとキャップが発言する。

ハルクに登場したロス将軍がキャプテンアメリカに対し「多くの人間が君をヒーローだと認識しているが、なかにはそう考えていない人間もいる。管理されずに力を使うことは世界が許さない。何のビジョンも持たずに強大なチームを指揮している現実に世界が恐れている」と語りソコヴィア協定と書かれた冊子を手渡す。

ブラックウィドウがキャップに「バッキーが大切だということはわかるが、この件からは手を引くべきだ」と説得する。

アイアンマンがキャップの前に現れる。社長がキャップを殴りたいと苛立ちをあらわにし、険悪なムードが漂っている。
アイアンマンやウォーマシンに追われることになってもキャップはあきらめない。行く手を塞ぐすべての物と戦うと宣言する。

そしてアイアンマンとの闘いが始まる。
キャップは「すまない、他に手があればこんなことはしない。バッキーは友達なんだ」と語り、アイアンマンは「私もそうだった」と返答する。
キャップとバッキーがアイアンマンを殴る衝撃的な映像で予告は終了となる。


現代における唯一の親友


冒頭でバッキーがキャップことスティーブ・ロジャースの家族やクセを答えている。その解を聞いたキャップがどことなく安堵したような表情を見せている。
この短いやりとりで、キャップとバッキーの深い仲を簡潔に示しているのだ。

キャプテンアメリカになる前からの親友同士だったバッキーが現代に蘇った。バッキーはウィンターソルジャーとしてキャップの敵となった。しかし、それは洗脳されていたからだ。だからこそ、キャップは唯一の親友であるバッキーを殺めることをしなかった。予告編では彼らの和解から始まるも、政府はバッキーを許していないようだ。なぜならシールド崩壊の関係者だからだ。

キャプテンアメリカにとってバッキーは重要な存在だと言える。
「キャプテンアメリカ」にはアイアンマンやソーといった仲間がいる。しかし、それは「キャプテンアメリカというヒーロー」としての仲間だ。
盾を置き、マスクを脱いだ時に彼は「スティーブ・ロジャース」という一個人になる。その個人としての友人は現代には存在しない。彼は第二次大戦で時間が止まっていて、今でもそのギャップから完全に抜け切れていない。

だがそんな彼の元にバッキーが現れた。
キャプテンアメリカ以前からの親友であり、自身と似た運命をたどり現代に現れたバッキーこそがスティーブ・ロジャースという存在における唯一の親友なのだ。スティーブにとってはバッキーだけが真に心を許せる存在なのだろう。
だからこそ、バッキーが真の意味で「親友」なのではなかろうか。

予告編ではバッキーが未だ指名手配であり、政府が彼を追いかけていると判明している。そんな彼を守るとスティーブは決意している。友人だからだ。
かつてバッキーがスティーブを支えたように、今回は自分がバッキーを支える時だと考えているのではないだろうか。

ファーストアベンジャーズではバッキーがスティーブを慰めて肩に手を置く場面があった。
シビル・ウォーの予告編ではそのアンサーと思しき場面が挿入されている。

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窮地に立たされたバッキーをスティーブが守ろうとしていることはわかる。
それがこの肩に手を置く場面なのだろう。安心しろ、自分がついていると慰めているように見える。

原作では超人登録法賛成派のアイアンマンと反対派のキャプテンアメリカが対立した。映画版でもその登録法は少なからず関係しているだろうが、その上にバッキーも関わってくるのだろう。

バッキーは洗脳時に破壊活動を行いシールド崩壊の関係者となった。予告ではバッキーが正気を取り戻しているが、世間はそれを知らないとのキャップが語っている。アイアンマンも「制御できなければ悪と同じ」と語っていることから、世間ではバッキーがウィンターソルジャーのままであると認識されているのかもしれない。
だからこそ、超人的な力を持つバッキーを引き渡し、政府の管理下に置くべきだとアイアンマンは考えているのだろうか。それに反対するキャップと激突する流れなのだろうか。
この辺りはハッキリとしていないので、想像で語るしかないが、とにかく登録法とバッキーが物語に関わってくることだけは確かだ。

第二次大戦、そしてニューヨーク決戦、シールド崩壊に関わったキャプテンアメリカは自分自身の力で自由を勝ち取る重大さを理解している。自由は誰かに強いられるものではなく、誰かの元で作り上げるものではない。政府の管理下に入った場合、それはヒーローではなくただの軍隊や警察だと彼は考えているのだろうか。そこに自由はない。制約下で自由を勝ち取ることはできないと彼は理解している。
だからこそ、登録法に反対するのだろう。そして、あまりにも高潔だからこそ、唯一の親友であるバッキーに対して盲目的になってしまうのだろうか。

今回はキャプテンアメリカとして戦いに身を投じていく側面もあるだろうが、それ以前に「スティーブ・ロジャース」個人として戦いに身を投じていくのでは。
真の意味で親友と言える唯一の存在を守りたい。自由や平和、安全を守るというヒーローとしての信念もあるだろうが、それ以上に友を守るという個人的な情が全てを超越しているように見えてくるのだ。
親友であるバッキーを何が何でも守りたい。たとえ仲間であるアイアンマンと戦う羽目になっても、彼を守りたいと考えている。ヒーローやチームといった枠を飛び越え、完全に一個人として戦いに身を投じていくのだろう。

これは完全にキャプテンアメリカではなくスティーブ・ロジャースの心情だろう。シビル・ウォーとはキャプテンアメリカの物語でもあり、同時にスティーブ・ロジャースの物語でもあるはずだ。

予告ラストでキャップとバッキーが共闘しアイアンマンを殴る場面がある。

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どこまでも追いかけてくるアイアンマンを止めるために、二人は本気を出して戦っている。
バッキーの自由、そしてキャプテンアメリカの自由。キャップは友の自由を守るために彼らは戦っているし、バッキーは自由を勝ち取るために戦っているのだろう。
自分の自由を勝ち取るとの理由もあるが同時に友であるスティーブを追い詰めるアイアンマンを止めなければならぬと考えている可能性もあり得る。
図らずともバッキーはキャップと似た心情になっているのかもしれない。友を守るため。それは二人とも同じなのだろう。

哀しき対立


キャプテンアメリカは仲間であるアイアンマンよりも友であるバッキーを選んだ。
予告でキャップは「バッキーは友達なんだ」と発言し、アイアンマンは「私もそうだった」と悲しい返答を行った。

かつて命がけで世界を守るために戦った仲間が、自分ではなくテロリストを選択したことへの怒りと悲しみが存在しているはずだ。

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私もそうだった。
その返答をした時のアイアンマンは悲し気な顔をしている。

ソコヴィア決戦でアベンジャーズは「団結」という言葉を多用していた。だからこそ、アイアンマンはキャップを仲間として信頼していたし、そしてヒーローを飛び越え個人的な友としても認めていたのだろう。そんな彼が裏切ったのだから、悲し気な表情になるのも当然だ。

バッキー・キャップのタッグがアイアンマンを攻め立てる場面でもアイアンマンは本気を出せない。友を殺めたくはないからだ。本気を出せば二人は確実に死ぬ。だからこそ、本気を出せない。躊躇するからこそ、一方的に攻撃を浴びせられるのだ。

対してバッキー・キャップ本気だ。キャップは目の前で強大な力を目の当たりにしているから、生半可な気持ちと力では彼に敵わないと理解している。本気を出して戦わなければ死ぬし、アイアンマンを止めることが出来ないのだ。

友のために本気を出せないアイアンマンと、友のために本気で戦うキャプテンアメリカ。
葛藤と本気の対立構造が見事だ。アイアンマンが友の情を捨て去る時が来るのだろうか。

対立しあう彼らはどのような終着点を見出すのか。それが本当に想像できないのだからやってくれる。

娯楽路線から緩やかにハード路線へと舵を切っていたが、ここにきてそのハードさが存分に発揮された。
アベンジャーズというチームはどのような存在へと変貌するのだろうか。対立構造からいかなる形でインフィニティーウォーへと繋がるのか。それが全く見えてこないから面白い。

MCUという世界がどのような終わりを向かるのか、ますます目が離せなくなったことは確かだ。