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せまひろかん

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大人になってから思い出のゲームを再プレイすると悲しくなることってあるよね?

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めっきりと遊ばなくなってしまったゲーム。昔は寝る間を惜しんでプレイしていましたが、いつの間にか興味を惹かれなくなってしまいました。

元ゲームっ子の@Sanyontamaです。

大人になると時間が無くなるのも理由ですが、あるときふっと情熱を失ってしまったのです。
以前はFPSとか大好きだったんですが、今ではほとんどプレイしなくなり。

マリオから始まりポケモン、スマブラ……。なぜかドラクエとFFは未だにプレイしたことがなく。有名日本ゲームのほとんどはプレイしていません。
日本ゲームをすっとばして、なぜか洋ゲーの世界へと突入してしまい、CoDやHALOなどに熱中。僕の幼少期はポケモン緑とスマブラ、青春はCoDとHAL3部作で構成されています。

子どもの頃は「俺、コントローラー持ってくわ!」「俺カセット持ってくぜ!」と学校の帰り道に約束し、自転車の前かごに突っ込んで友人宅を目指した人も多いはず。
扱いが荒いおかげで「セーブ消えてるじゃん!」となることもあり、友人をがっかりさせる、なんて経験をした人もいるかと思われます。

コントローラーやカセットの調子が悪いと、本体から引っこ抜いて端子をフーフーしたりしましたよね。
たまにつばが飛んでしまいドン引きされることとかありましたよね?え?そんなことはない?

そんな思い出の詰まったゲームをプレイしたくなる衝動に駆られる時が稀にあります。追懐の感情が沸き起こり、かつてあれほど熱中できたのだから、今でも楽しくプレイできるはずだと考えてしまう。
押入れから本体を引っ張り出し、配線をしてソフトをセットする。

いざプレイ!と遊び始めると、何かがおかしい。

あれ? 楽しくない……?

おかしいぞ。かつてあれほど熱中した作品なのに、全然楽しめない……。それどころか、面白味を感じない。

1時間ほどプレイしてみても、かつてのような高揚感は胸に去来せず、虚しさだけが広がってゆく。

なぜだろう。子どもの頃は時間を忘れるほどに熱中していたのに、今や再び熱が上がることはなく、ただ心は冷めきっているままであり、ゲームをプレイすることに苦痛すら感じるようになってしまった。

いつまでプレイを続けても、熱が戻ることは無い。ただひたすらに虚しさだけが広がってゆく。
どれだけステージを進めていっても敵を倒しても、かつてのような爽快感は存在せず、鬱屈とした感情が高まるばかり。

やがて一つの結論へと達する。

そうか。一人だからだ。

子どもの頃は友人と集まり、叫びにも似た声をあげながらプレイしていた。
どれだけつまらないゲームでも、友達と突っ込みあえば楽しめたものだ。
だが、今は友人を呼べない。呼ぶ時間もないし、そもそも全国に飛び散っているので集めることも出来ない。

心の穴埋めにオンラインをプレイしても、実在の代替になることはない。
隣に友人はいない。ハイタッチすることも、喧嘩をすることもできない。時折飛んでくるつばや、ポテトチップスの油にまみれた手でコントローラーを触られるイベントも発生しない。
何もかもが静かなのだ。

ネット越しでは会話だけしかできない。実在がないというのはこれほど虚しいとは……。

あれほどまでに胸が躍ったゲームと言う存在は、皆でやるからこそ楽しく面白かったのだ。

それに気づいた瞬間、僕はゲーム機を押し入れに戻すことしかできなかった。

大人になった僕に、こんな事件が起きてしまったのです。
スマホのソーシャルゲームをプレイしてもやっぱりなんだか虚しい。一人でポチポチとやるゲームは、僕を哀しくさせてくる。

やっぱゲームは種類にもよりますけど、みんなでやった方が楽しいんですよ。
オンライン前提になっているタイトルもありますけど、なんだか違和感があるんですよね。
家に集まって「あーでもないこーでもない」と言いながら楽しむのが一番だと思う。

と、老害的な考えを列挙してしまいましたが、この感覚が未だにぬぐえないのです。

一人でプレイしていると「大人になったなあ」と実感させられる。
この"大人"意味には友人と中々会えない事、時間が作りにくいという意味も含まれています。

でも、昔のゲームっていざプレイすると「なんじゃこのクソゲーは」とびっくりすることもある。なんでこんなのありがたがっていたのか、と子どもの自分に問いかけたくなる。
爽快感も何もないじゃん……。という作品を楽しめていたのも、子どもだったからなんだろう。

冷静に物事を判断できるようになった自分を見て「良くも悪くも大人になってしまったんだ」と後悔にもにた諦めが襲ってくるのです。

時の流れっていうのは残酷なもんですよ、まったく。