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味噌汁の矜持とは何か

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こんにちは@Sanyontamaです。

『味噌汁の矜持』と言う哲学があるらしい。

矜持とは何か。これはかなり難しい問題である。

味噌汁を味噌汁たらしめる要素が"味噌汁の矜持"と言うのだろうか。
では"味噌汁たらしめるもの”とは何か。

出汁だろうか。
味噌汁を作るにはまず出汁をとる必要がある。
出汁カツオや昆布、煮干しなど様々な物が存在している。
これがなければ味気ないものとなり、飲めたものではなくなってしまう。

味噌汁が味噌汁たらしめるものは出汁なのだろうか。

具だろうか。
基本的な具はワカメや豆腐だろうか。地域によっては具が異なるようで、鮭やナメコを入れることもあるらしい。
だが具がなければ味噌汁ではない、という事にはならない。味噌汁は具がなくても成り立つ。
つまり具は味噌汁を味噌汁たらしめるものではない、ということになる。

肝心の味噌である。
赤味噌、白味噌。これも地域によって好まれるものが異なる。
『味噌汁』と書くのだから味噌は必要不可欠だ。
これがなければ味噌汁は味噌汁として完成しない。

出汁に具を投げ入れただけでは、スープにすらなっていない。これはただの水炊き鍋だ。

やはり味噌汁が味噌汁たらしめる要素は『味噌』なのだろうか。

哲学である。
出汁が欠けても味噌汁は完全な姿にはならない。
味噌がなければ味噌汁ではない。
人によっては豆腐が入っていないと味噌汁と認識できない。

難しい。
味噌汁の矜持とは何か。

味噌汁とはこれらの三要素が美しく繋がりあうことで完成するのだろう。
すなわち、それが味噌汁の矜持だと言える。

三位一体。それこそが味噌汁を味噌汁たらしめる要素だと言えよう。