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寿司職人の長年にわたる修行って必要なの?

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こんにちは@Sanyontamaです。

寿司は美味い。世界的にも認知度のある日本食で、海外でも寿司を提供するレストランも多い。
日本でも回転寿司や宅配寿司やら、多様な形で寿司を提供している。僕も無性に喰いたくなる時がある。そういう時はスーパーに駆け込んだりしている。

回らない寿司屋というのは高級なイメージがある。確かに値段が書かれていなかったり、調理法を細かに指定できるなど回転寿司とは似て非なる存在になっている。
高給店だとおひとりさま何万円になることもあるし、そもそも寿司屋なのに寿司を食べず刺身やてんぷらや、野菜の料理だけで満足することもある。

回らない寿司屋で寿司を握る人は"職人"と呼ばれる。回る寿司屋でも職人と呼ぶこともあるらしいが、個人的には職人と言うと回らない寿司屋のイメージがある。
その寿司職人になるにはかなりの修行を擁するらしい。立派な寿司職人になるには10年かかるとまで言われる。

店によっては最初の1年目は掃除や洗濯のような雑用しかやらせないようだ。2年目でようやく包丁を握るという。握っても調理するのは魚ではなく野菜とかになるみたいだ。
シャリを炊くのはそれからまだ先。3年や4年たってからになるそうだ。
見て覚えろなんて言われるほど、過酷な世界らしい。

ハッキリ言うけど、馬鹿なんじゃなかろうか。
掃除や洗濯が寿司職人の修行と何の関係があるんだろう。職人になるには忍耐が必要だというベテランもいるらしいが、忍耐力つけて寿司が美味くなるのだろうか。

最近は寿司の専門学校があるらしい。半年ぐらいで技術を身に着けられて、卒業生には店を出す人もいるようだ。そんな短期間で習得した人がミシュラン一つ星を獲得しているらしい。

開店からわずか11ヶ月…素人だらけの寿司屋がミシュランに選ばれた理由
そのような事実を鑑みると、長時間の修行って意味があるのかなと。

何年も、下手すると10年ぐらいかけて修行する意味って何なのだろうか。
見て覚えろとか、包丁握らせないとか、シャリを炊くには信頼関係が必要だとか、凄く効率が悪いと思う。
朝早くに店へ出てシャリを炊く必要があるから中堅どころでなければ信用できないとか、それって人を見る目がないんじゃないのかと。もし早く来ないことが続くのならばクビにすればいいのでは。遅刻されると店が回らなくなるというかもしれないが、そうならないために対処することも必要だと思う。

結局数年にも渡る修行って必要なのかな。確かに魚の目利きに慣れるには時間がかかるだろうが、それでも5年や6年の時間が必要なのか疑問に思う。

確かにどんなものでも一流になるには時間は必要だけど、雑用みたいなことさせて修行とかって意味あるのかと。なんで最初から包丁を握らせないんだろうか。あまりにも効率が悪い。なんでこんなのがまかり通ってるんだろうか。

結局食べる側は美味ければそれでいいんだよ。どんなネタでも上手く調理して、食べた瞬間に幸福感を味わえればいいんだ。何年修行してようが、こっちには関係ない。その人の腕さえ良ければそれでいい。目隠しベテランの握る寿司と専門学校卒業したばかりの人が握る寿司を食べ比べて、どちらがベテランのかを当てろと言われても無理だ。GACKTじゃないんだから。色んな店で寿司を食べてきたけど、明確な差ってはっきり言って素人には分からない。結局美味ければそれでいいわけだよ。

寿司とは関係ない仕事を修行とか言ったり、見て覚えろとか効率が悪すぎるから今すぐやめた方が良いと思う。そんなこと言われるんだったら、そら専門学校で学ぶ人が出てくるよ。それで一定の評価もらえるんだから尚更そうすると思う。伝統もいいけど、その伝統ってもう時代に合わないんじゃないのかと。