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クソリプ送ってくる奴って『大木こだま・ひびき』の漫才でもやってるつもりなの?

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こんにちは@Sanyontamaです。

この前テレビで『大木こだま・ひびき師匠』の漫才を見ていたんですよ。やっぱり名人芸は面白いなと思いつつ笑いながら見ていたんですけど、ネタの中に「なんか似た経験があるな・・・」ってのがありましてね。

師匠の漫才っていうのは一定のパターンがあるのです。その中で慣用句にツッコミを入れるという定番ネタが存在しています。
「膝が笑う」っていう慣用句がありますね。ひびき師匠が「膝が笑ったんか」と言うとこだま師匠が「膝はわらわへんやろ。膝が笑ったら夜中うるさくて寝られへんで」ってボケるんですよね。

「旅行に行くと胸がわくわくする」ってこだま師匠が言うと「胸が躍るってやつやなあ~」とひびき師匠が返すんですが、こだま師匠がまたボケて「胸は躍らんやろ。胸が躍るとレントゲンブレまくって撮られへんで」って返す。

「失敗した、恥ずかしいわ」とこだま師匠のエピソードに対してひびき師匠は「顔から火が出るっちゅうやっちゃな」って返すと「顔から火はでえへんやろ、タバコ吸う時ライターなくても顔から火が出るからライターいらんのか」ってボケる。

師匠の漫才にはこういったお馴染みのネタが盛り込まれている。慣用句ネタも毎回のように見られるので、出てくると「よ!待ってました」って感じになる。天にも昇る心地ってやつですよ。え?天には昇らない?それは死んでるってこと? はあ、そうですか・・・。

問題の"似た経験"なんですけど、この慣用句ネタがそうなんですよ。
なんで引っかかるのかと考えていたら「クソリプに似ているな」って答えが出たんですよ。

こだま師匠のボケも理解できる。
実際に膝が「ケラケラ」と笑うことはないし、胸が躍り始めることもない。ましてや顔面から火が出ることもない。そんな人間がいたらミュータントか何かだろう。ヒューマントーチかよ。

分かる。言いたいことはわかる。実際にはあり得ない現象だらけだから、突っ込みたくなるのもわかる。慣用句というのは日常の物事を分かりやすく、面白おかしく表現したもの。比喩だよ比喩。それにマジで突っ込んでしまうから師匠の漫才が成り立つわけなんだ。

でもクソリプってことわざや慣用句に真面目に突っ込んでくるよね。
師匠たちのやりとりは"漫才"だから笑えるわけで、SNSで実際にやられると「なんだお前は」ってなる。
「言いたいことはわかるが、それ今いう事じゃねえだろ」って怒り心頭しちゃうんですよね。

クソリプが厄介なのは"言いたいことは理解できる"点だと思う。だから余計に腹が立つ。でもそれを言う時と場所じゃないのがクソリプの本質。

師匠の漫才は漫才なのと、観客を弄らないから笑えるわけ。クソリプは自分に向かって飛んでくるから気が滅入る。「お前なんだよ、ちょっと表出ろ」って思っちゃう。え?インターネットに表ってあるんですかって? 表ってどこですかって? これがクソリプね。

こういうやりとりは師匠の漫才なら笑えるけど、そうじゃないから本当に参っちゃうよね。
クソリプ飛ばしてくる奴って何を考えているんだろう。もしかすると自分でも何気なく送ったリプが相手にとってはクソリプになってるかもしれない。
そもそも、クソリプって価値観の相違から発生するんじゃないのか。

と、考えれば考えるほど訳が分からなくなってきた。
師匠のような漫才するためにSNSやってるんじゃないんだよ。漫才するならもっとちゃんとした場所でやってくれ。Twitter漫才なんか始まると以外にも流行るかも知れないよ。

良く知った相手からクソリプが飛んできても「いやいや~そうじゃねーよw」って笑い飛ばせて漫才みたいなやり取りできるけど、見ず知らずの人から飛んでくると「お前は何を言っているんだ」って真顔になってお腹が痛くなっちゃう。師匠の漫才みたいに笑うことも出来ない。本当に参る。

やっぱクソリプも適切な距離感があれば笑えるんだよね。知らない人同士がクソリプの応酬してたら笑えるのもそれが理由。師匠の漫才を見ている感覚だからね。
でも自分がまきこまれると気が滅入るから本当にやめてほしい。チッチキチーで済まないこともあるんだよ。