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映画館で映画を観る時はオムツを穿いていきたい

Cinema

こんにちわ@Sanyontamaです。

海外に比べると日本人は映画館で映画を観る人が少ないらしい。料金が高い、ハズレだった時はどうすればいいのか。様々な理由があるようだが、とにかく日本人は映画館に行かないらしい。
一方で週に1回のペースで映画館に通ってしまう映画ファンも存在している。

僕も時間があれば映画館に通っている。リバイバル上映にも足を運んでいる。DVDが出ているのになぜ映画館で見るのか、と思う人もいるだろう。どんな作品でも映画館の大画面で見ると印象が違う。暗い場内で何事にも惑わされずに集中できる。こんなことを家で再現することは困難だ。家だと室外から騒音が聞こえてくるから気がそがれてしまう。ついついパソコンやスマホを弄りがちだ。せっかく映画を観ているのに作品に集中できないなんてもったいないと思う。映画館だとスマホを弄れないし、よほどの事がない限り気が散ることもない。スクリーンに集中しなければならない状況へと否応なしに追い込まれる。だから映画館が好きなのだ。

売店から漂う甘い香り、はしゃぐ子ども、床に散らばるポップコーン。これらを見ると、僕は今から映画を観るんだなと実感させられる。僕はこれから異世界へと旅立つんだ、今回はどんな世界が待っているんだろうか、と高揚してしまう。映画館は異世界乗り口だ。チケットをもぎってもらい、席に着くとあとは異世界へと到達するのを待つだけだ。予告編は異世界へ向かうための移動時間と思えば苦痛ではない。

だけど、そんな素晴らしい体験を無下にしてしまう現象がある。こいつがやってくると否応なしに現実へと向き戻される。
尿意だ。
鑑賞前に2度3度とトイレに行き絞り出してきたはずなのに、鑑賞途中に嫌がらせの如く尿意が訪れる。おかしい。ジュースも飲んでいないのに尿意がやってくるのはおかしいのだ。
ああ今は良い場面だ。目を離せない。だけど尿意は僕に嫌がらせを行ってくる。僕を膝まづかせようとしてくるのだ。ここで行くべきか行かざるべきか、心理戦の開始である。
まあまて。ここで見逃してもDVDで見ればいいじゃないか。
なに!? 映画館で見るのと家でみるのじゃ全然違うんだよ!
天使と悪魔が対決し始めるのだ。トイレに行こうと囁く悪魔と、ここで見逃していいのかと囁く悪魔。なんてことだ結局悪魔しかいないじゃないけど。行きたいけど見逃せない。でも我慢すると悲惨なことが発生しかねない。どうすればいいんだ。

と、いつの間にか映画に集中できなくなっている自分が完成しているわけだ。
尿意と言うのは厄介だ。映画の内容なんか入ってこなくなる。こればかりはどうしようもできない。
何事にも捉われずに鑑賞したい。不自由を感じることなく映画を観たいのだ。
だから時々考えてしまう。オムツを穿いていけばどれだけ幸せなのだろうかと。オムツさえあれば尿意がやってきても安心できる。トイレに駆け込むせいで重要な場面を見逃すことも無くなる。重要な場面でトイレに行く人も見ると悲しい気持ちになってしまう。ああ、なんて勿体ないことをしていんだと思うわけだ。
だからこそ、オムツを穿きたい。そうすれば皆も悩むことなくじっくりと鑑賞できるはずだ。

だけどオムツは穿けない。妙な背徳感が襲ってくるからオムツを穿くことが出来ないのだ。オムツを穿けば幸せになれるはずなのに踏ん切りがつかないのだ。
オムツは簡単に手に入るけど穿こうとは思わない。穿けば幸せをつかみ取れるはずだけど、穿けない。心がオムツを許してくれないのだ。

だから僕は今日も尿意と戦いながら映画を観る。
オムツを穿くのはまだ先になりそうだ。