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せまひろかん

どこまでも

せまひろかん

ネタとガチと小説的な物が存在している
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遺品焼却人 

fire

著:@Sanyontama

物には魂が宿るという。
それが植物や無機物でも変わることはない。目の前に存在する物ならば魂が宿っている。この国では昔から言われていることだ。長年使ってきたものを捨てる瞬間、心に一瞬の迷いが出ることがある。物に愛着が湧いているからだ。その感情が魂を連想させるのかもしれない。

まず私の仕事に必要な物は死人である。厳密には死に直面した人だ。私は余命幾ばくもない人の依頼を聞き、生前に最も大切にしていたものを納棺し依頼者の火葬とともに焼くと言う仕事をしている。
遺品は服であったり写真であったり、電子機器であったりと様々だ。最も大切にしていた遺品を焼くことでそれ自体の魂を依頼人と共にあの世に送り、あの世でも大切に留めておくというわけだ。いつでも触れられるように、いつでもおしゃれが出来る様に、いつでも生きていた日々を思い出せるように、私は遺品を焼き続けるのだ。
この国の国民全員が「物の魂」は実在していると信じられているわけではない。中には懐疑論者や否定論者もいるが、伝統の一部として古来から根付いているのだから、公に批判することは出来なくなっている。否定論者も死の間際には遺品焼却人に依頼することもあるから、やっぱりこの国の人間は心のどこかで「物の魂」を信じているのかもしれない。政府高官や王族ですら遺品を焼くのだから、もはやある種の「法」と呼んで差し支えないかもしれない。

この仕事はかなり精神を病む。
大多数の人は遺品に無機物を選ぶ。カメラマンであれば長年使用してきたカメラやレンズを選ぶし、スポーツ選手なら愛用の道具を選ぶ。一般人の場合は写真や服、誰かに貰った装身具を棺桶に納棺する。火葬で依頼者と共に旅立つ。
だけど時々、子を焼いてほしい、ペットを焼いてほしいと言う人がいる。だが、そのような依頼を実行してしまうと法律に違反してしまう。しかし、どれだけ拒んでも、どれだけ諭しても聞き入れない人はいるものだ。
ペットにも魂があるし、服やブレスレットにも魂がある。両方とも魂があるものなのに、なぜペットを一緒に焼いてくれないんだ、と言われると答えに窮してしまう。とんちでも屁理屈でもない。万物に魂が宿るという思考を元に遺品焼却が行われるのだから、ペットや子を一緒に焼いても何ら問題がないと思えてしまうのが、この思考を危うい点でもある。魂あるもの全て平等だ。こういう時どう答えればいいのか分からくなり、私は依頼を辞退するしかないのだ。

遺品焼却人は神聖な職務とされている。この職に就くためには国家資格を得る必要があり、執行の際も多様な儀式が必要になる。だけど多感な人ほど職を辞めてしまう傾向にある。人の死でお金を稼ぐという背信さに精神をやられるし、依頼者の思いを想像してしまうからだ。時には依頼者本人から遺品を選定した理由を聞かされる。志半ばで死してしまう人が選ぶ遺品はとてつもないほどに重い。あちらの世界で夢を実現させるなんて聞かされると、いつか化けて出てくるんじゃないのかと思ってしまう。多感な人ほど、この仕事には向いていないのだ。

だから私はいつしか何も考えなくなった。依頼が来ると淡々とこなす。依頼者が自分を語り始めても右から左へと受け流し、あたかも真剣に聞いているような演技をする。ペットや子を焼けと言われた場合は事務的に諭す。いつの間にか人間にあるべき感情という物が欠如し始めていた。映画や小説で人の死を見てもなんとも思わない。ある日、叔母が亡くなった。だが葬儀の際も涙一つでなかった。ああ、死んだのか、とまるで赤の他人が死んだ時のような感覚が支配していたのだ。人の死で商売しすぎたから、身内の死すらも悲しめなくなっているのだ。
葬儀後に父は言う。遺品焼却をお前に頼まなかったのは、お前を苦悩させたくないと叔母が考えたからだと。別になんとも思わない。死人が私の商売対象なのだ。私は死の商人なのだから依頼されても淡々と静かに仕事をするだけだ。
変質した心に気付いたとき、仕事をやめようと決意した。人間が人間で無くなってしまう仕事なんて業が深すぎる。私はその業に耐えられなくなってしまった。今月中に資格を返上しよう。別の仕事を探そう。

翌日、国王陛下が病に倒れたとの緊急報道が流れた。全国民が憂患する事態となったが、私は特になんとも思わなかった。
私は一市民の立場ではあるが国王陛下と何度か謁見したことがある。何かの賞を頂いたわけではない。祖父と国王陛下は大学時代からの友人であり、四年前に祖父が死去した時も国王陛下が葬儀に参列したほどだ。祖父のおかげで、僕は幼少期から現国王と交流する機会を頂いている。
子どもの私にも優しくしてくれて、宮殿の内部を詳細にかつ分かりやすく説明してくれたりした。今思えば私はある種の特権を有していたんだと思う。だが私が成長するにつれ、祖父が高齢になるにつれて、陛下と私は疎遠になっていった。

ある日、電話が鳴った。私はその内容を理解できずに何度も聞き返した。
国王陛下が遺品焼却を私に依頼しているというのだ。なんだ、理解できない。私のように一市民よりも相応しい人がいるはずだ。なのにどうして私なのか。一向に理解できず、これは新手の詐欺なのではと考えてしまうほどだった。
だが、実際に宮殿を訪れると、その依頼は確かな物であった。
国王陛下は私を見るなり微笑んだ。ああ、やはりこの方は昔から変わらないのだと懐かしくなる。

病床に伏せる陛下の横に立ち、私は尋ねる。なぜ私を選んだのか。
陛下の答えはとてつもないほどに簡潔だった。親友の孫だから、と。親友の孫ならば安心して依頼できるというのだ。これも運命なのかもしれない、と陛下は微笑みながら語った。
私は目の前で起こる事件を理解できずに、黙って頷くことしかできない。一市民が国王陛下の遺品焼却を依頼されるのだから人の縁とは奇妙なものだ。人生何が起こるか分からないというのはこのことである。

しかし、私は焼却人を辞めようと決意したばかりだ。その最中に訪れた国王陛下からの依頼。運命は焼却人としての最後の仕事として陛下の依頼を与えてくれたようだ。
これで心置きなく辞められる。ああ、最後の最後に稀有な経験が出来た。この仕事は碌な物ではなかったけれど、最後に後世に伝えられる経験がやってきた。こればかりは素晴らしい事だろう。

そして、私は問いかけた。
何を遺品に選ぶのか。
陛下は視線を私に向けると言葉を発した。
成せなかった事がある。
ああ、自分以外の人間ならば裸足で逃げ出す言葉が出てきてしまった。国王で在らせられるお方ですら成せない事とは何なのだろう。一市民なら経済等の理由で片づけられるが、国王陛下ともなれば財には困らないはずだ。それなのに成せない事とはなにか。

国だ。
経済大国であるが実際には弱き民が、虐げられる民がいる。それを救えなかった。理想の国にしてやることが出来なかった。この国を真なる幸福へと成すことが出来なかった。私の遺品とはこの国だ。

病魔に侵されて思考に狂いが生じたのだろうか。私は聞き返す。遺品は何なのかと。
だが国以外の言葉は帰ってこない。この国を真なる幸福へと導く。あちらの世界で私はすべての民を幸福へと導かねばならない。ここで辞めるわけにはいかない。
憑りつかれたように陛下は語りつづけた。だから私は答えを持ち帰ることにした。

馬鹿な話である。国が遺品だというのだ。つまりは私も国王陛下の私物という事になる。なんていうことだろう、この国に個は存在していないというのか。
答えがでる。依頼を断ろう。明らかな間違えだ。断るしかない。
翌日、再び国王陛下に謁見した。単刀直入に答える。だが陛下は諦めることをしらないようだ。

震える手で一枚の紙を差し出してくる。陛下の依頼を達成するためには何をしても良いという内容の書類であった。陛下の名と拇印がある。
このお方は本気だ。それほどまでに国を偏愛しているのであれば、自分で燃やせばいいと思う。だけど陛下は自分のような素人が燃やしても魂はあちら側に行かない。しっかりと儀式を執り行い、神聖なるものが見送る必要がある、と掠れた声で語った。
私が断っても他の人に依頼するだろう。この人なら病に冒されていても焼却人の資格を得ようとするかもしれない。このまま死してしまったら、この人は化けて出てくるかもしれない。誰かに憑依して国を焼き始めるかもしれない。

運命は私を焼却人から逃がしてはくれないようだ。辞職を決意したから、こうなってしまったのだろうか。あのまま心を無にして仕事を続けていれば陛下も狂気な言葉を発することは無かったのかもしれない。
終わりたいのに終われない。私の人生はどうやら死に愛されているようだ。
ああ、私は幸せ者だな。これほどまでに仕事に恵まれて、これほどまでに仕事に愛されてしまっているのだから幸せだ。やりがいなんてものを一切感じなかったが、仕事は向うからやってくるのだ。死は流れる様に自然と私へ依頼してくる。そして、遂に私も死へと導かれるのだ。

数日後、国王陛下が崩御した。国民全員が喪に服した。
そして、私は軍事施設にいた。陛下の火葬と同時に、私は核兵器の作動スイッチを押すことにしている。
軍も警察も、陛下の記した一枚の紙で私の行動を受け入れた。素晴らしい効力を持っている。国王陛下というのはこれほどまでに強大な権限を有しているのかと、その瞬間だけは私が陛下になり変わった気分になった。
この国の軍隊は中世から国王陛下に絶対服従とされている。そのせいで、軍は陛下の私軍と認識する国家も存在しているほどだ。
だから軍も私を受け入れたのだ。

電話が鳴る。陛下の火葬が始まったとの報告が入る。
私は作動ボタンに指をかける。これを押せばこの国にあるすべての核兵器が一斉に作動して、文字通り国が焼き尽くされることになる。
だが私はボタンを押すのをためらった。
私の遺品を用意していなかったことに気付いたのだ。参ったな、選んでおくべきだった。この仕事を長くやりすぎたせいで、心が自然と遺品の存在を回避させている。考えても何も浮かばない。
まあいいだろう。核兵器が作動すれば全て燃えるのだ。愛着のあるものもそうでないものも全て焼き尽くされる。なんて素晴らしいんだろう。私みたいな心を無くした人間にとって、この死に方は最上に思えてしまう。
国民と物を全て平等に焼き尽くす。ああ、国王陛下は最後までこの国を、国民の事を考えていたんだな。このような完璧すぎる平等なんて普通は思いつかない。素晴らしきかな。

そして、私は最後の仕事を仕上げにかかった。