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せまひろかん

どこまでも

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ネタとガチと小説的な物が存在している
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本当の幸せという物が分からない

小説的な物体

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@Sanyontamaです。

朝七時には家を出る。通勤時間は三十分ほどなので朝八時の朝礼と言う無意味な儀式には余裕で間に合う計算だ。職場に着くとコーヒーを飲んで今日の流れを頭で組み立てる。そんなことをしていると八時になり、憂鬱な一日が始まるのだ。
今日も帰るのが遅くなりそうだ。そもそも、夕方の五時きっかりに帰宅できたことなんかないのだけど。いや、新入社員の研修時は五時に帰宅していたんじゃないのか。まあいい、そんな昔のことを懐かしんでも五時に帰られるわけではない。目の前に積み重なった仕事を行うしかないのだ。
仕事をしていると気づけば外は暗くなり、帰宅したのは夜の九時過ぎだ。これでもまだ早い方なのだから今日はマシだ。

妻と二歳の子どもは既に寝てしまっている。僕は二人を起こさないよう静かに行動する。まずはシャワーを浴びる。その後は冷蔵庫にある作り置きの晩御飯を温めて一人で食す。ひと時の安寧である。家族と食事するのは週末ぐらいしかないのだ。だから時々考えてしまう。家族とは何なのかと。

人並みに勉強していたら偏差値の高い高校に入学できてしまった。合格発表の時も特にうれしさがこみあげてくるわけでもなく「まあそんなもんか」と漠然に考えた程度だった。
高校二年生になると、僕のうちにふつふつと奇妙な情熱が湧き上がってくる。せっかく良い高校に入ったんだから、良い大学を目指そうと。家が裕福と言うわけではないので私立大学は避けようと考えた。僕は必然的に国公立を選んでいた。高二の夏からは既に受験へ向けた勉強を開始している始末で、今考えるとあの時の異様な情熱はなんだったのだろうかと思う。何かをつかみ取るために必死で努力したのは後にも先にもこの時だけだった気がする。
そうして僕は国立大学に現役合格した。名のしれた大学への現役合格だった故に親や親戚は僕以上に歓喜していた。

大学時代は人生の夏休みと言うが、僕はそれを実践してしまった。何か一つでも身になることはあったのかと聞かれると答えに窮してしまう。僕の大学時代は思い出と言うものがほとんど残っていない。何かに打ちこめば僕の人生は変化していたのだろうか。後悔先に立たずというやつである、
僕は夏ごろに初めて内定が出た。それからもう一社の内定を貰った。一方は名のしれた有名企業で、もう一方は中小企業だった。どうなるか分からない会社よりも有名で安定的な会社を選んでしまうのは日本人の性だろうか。挑戦することを恐れていたんだと思う。

新卒で入社したのはとあるメーカーだ。入社からしばらくの間は定時で帰宅していた。それもいつの間にか残業が始まり、気づけば今のような状況になっている。
残業代は多いけれどやめられない。いや、やめることが出来ないというべきだろうか。結婚して子どもが生まれたんだ。家族を養わなければならないしやめても再就職先がすぐみ見つかるわけではないから、僕はやめることが出来ない。土曜日も仕事に出ることもある。仕事を溜めてクビになるだけマシだと考えながら仕事をつづけている始末だ。

僕の給料は良い方だと思う。他の三十代よりも多く貰っているはずである。腐っても大企業だからその点はかなししっかりしている。
だけど残業は多い。夜遅くに帰るせいで、我が子の起きている顔を忘れてしまそうになる。この子はどんな声をしていたかすら分からなくなる瞬間がある。日曜日になるとなるべき家族で出かける様に心がけているが、今では疲れがなかなか取れなくなり昼近くまで寝ていて何もできない事もしばしばある。おかげで家族と過ごす時間がどんどんと減っている気がしている。

ある日小学校の同窓会が催された。
その場で小学校時代に仲の良かった人と十数年ぶりに再会した。彼はいま建設業に携わっているらしい。所謂肉体労働に従事しているようだ。高校を卒業してからその道一筋で働いているらしい。
そんな彼は僕の顔を見て言うのだ。年齢以上に老けてみえるなと。
仕方がないさ、と答える、残業ばっかでなかなか疲れが取れないんだよと伝える。
彼は僕に同情する。やめちまえばいいという。やめると口で言うのは簡単だ。この国では一度レールから外れると再びレールに乗っかることが難しいし、そもそも再就職先を探す時間もない。無職期間が怖くて仕方がないんだ。もし無職期間が年単位で続いたら家族はどうなるのかと考えてしまう。今まで何度もやめようかと考えたけど実行に移せない理由がこれらだ。

彼は続ける。俺のいる会社に来ればいいという。
辞めてくれ。僕は肉体労働だけはしたくない。そんなことをするのは勉強のできない馬鹿のやることだ。僕の心にはどす黒いものがこみ上げていて、彼を見下している自分がいた。自生しないと気持ちが全て口から出てしまいそうになっている。
工事現場はいいぞ。よほど工事が遅れていない限りは定時で帰れるし、日曜日は確実に休める。給料も悪くないぞ。特殊な技能が必要になる現場なら月に五十万は稼げるしな。俺は今下水道を作っているんだが給料は月六十万貰ってるんだ。早ければ四時には帰られる時もあるから、思っている以上に楽だぜ。
そんな事を彼は笑いながら、生き生きと語るのだ。家に帰ると子どもと一緒にゲームをして遊んだり、プラモデルが好きだから一緒に作ったりしているようだ。日曜日には外出することにしているようで、この前も子どもが見たがっていた映画を観に行ったらしい。
彼の口調には一切の淀みが存在しない。僕のようにため息をつくこともまったくなく、彼は心身ともに幸福そうだった。

それに引きかえ、僕はどうなんだろう。
給与は彼とほとんど変わらない。週休一日というのも過酷だが定時には必ず帰られるという点は魅力的かもしれない。僕のように起きて会社に行って寝て、また起きて会社にいくだけの生活ではなく、彼の生活には家族が介在されているのだ。僕の時間にはそれがない。
良い大学を出れば良い会社に就職できる。それは確かにそうだったのだ。良い会社に行けば幸せだとばかり考えていた。家族もそれで納得しているんだと思い込んでいた。勉強の出来ない馬鹿は体力仕事しかできないから不幸だと思い込んでいた。
でもそれは違ったんだろう。僕が自然と見下してしまう肉体労働者が僕よりも遥かに充実した人生を送っているんだ。それを知ったとき僕の心がおかしくなった。
言いようのない絶望が遅い、僕は足早に同窓会を去る。幸福ってものは一体何なのだろう。僕にはそれが分からなくなってしまったんだ。

それからしばらくは悶々とした気持ちのまま仕事をつづけた。
やめてやろうか。でもやめると家族はどうなるんだろうか、と考えてしまいやはりやめられないのだ。
会社は圧力をかけてきているわけではない。辞めると家族がどうなるか分からないのか? と脅されているわけでもない。
僕はいつの間にか家族を人質のようにしてしまっていたんだと思う。辞めれば家族が不幸になると思い込んでいる。実際には貯金もあるからしばらくは食いつないでいけるし、色々なツテを頼れば再就職先もすぐ見つかるかもしれない。そんなことを今まで考えなかった。僕は家族を言い訳にしていただけなんだ。無職期間が怖いのも言い訳でしかない。最悪、実家を頼ることも出来るのだから未来は案外悪くないんじゃないのかと思えてくる。
だけど、退職の決意が出来ない。恐怖心が全てに勝ってしまっている。やめたくてもやめられない。そんな精神状態がしばらく続いた。

ある夜、僕は帰宅した。時刻は午後十一時だ。僕のせいで子どもが目を覚ましたらしくリビングへと現れた。そうして僕を見て「誰ですか」というのだ。開口一番にそんなことを言う。寝ぼけていても父親の顔ぐらいはわかるはずだろう。どうしてそんなことをいうのだろうか。おふざけでこんなことを言っているのだろうか。二歳児にそんな知性が芽生えているのだろうか。などと考える。
でも確かに存在する答えはある。この子の寝ぼけた頭は親を親として認識できていないということだ。
恐らく、親と子の時間が足りなさ過ぎたせいだ。この子は僕を見ても父親だと認識で黄なほどに、父親との触れ合いが希薄になっているのだ。
可愛そうなことをした。一瞬でも親を親と認識できない子どもが目の前にいる。僕は自然と泣き出してしまい、もう限界だと気づき会社を辞める決意をした。