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せまひろかん

どこまでも

せまひろかん

ネタとガチと小説的な物が存在している

近い将来「非モテ」は絶滅し、国民全員が「リア充」になるだろう

コラム

今週のお題「バレンタインデー」

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@Sanyontamaです。

バレンタインデーという物がある。日本では女性が男性にチョコレートを渡すイベントとして定着している。ヨーロッパでは男性、女性関係なく恋人は親しい人には花やケーキなどを贈るらしい。同じ名前のイベントでも国が違えば手法も違ってくる。

そもそも、バレンタインデーはいわゆる非モテには全く関係のないイベントとされている。学園物の漫画ではバレンタインデー当日になると机の中にチョコレートが入っているというものがあるけれど、そんな現象が発生したことは今まで一度もない。そもそも、実際にその経験をした人がいるのだろうかと疑問になるほどだ。

社会人になっても机にチョコが入っている事なんかない。もはや回覧書類の如くチョコが回っているのが職場のバレンタインデーというものだ。そこに義理や本命と言う概念はほとんど存在していない。女性社員も仕事の一環としてチョコを配布している状況だ。男性はホワイトデーでお返しと言う仕事を行う。情というものが一切介在しない完全な仕事なのが大人の二月十四日だ。

さて、そんなバレンタインデーだが、会社の人間、母親や姉妹以外からチョコを貰うことがない人も多いはずだ。プライベートで女性と接点がないから、チョコを貰うこともない。そういうことなのだ。関係を持てないからチョコがないのである。バレンタインデーチョコの数と言うのはプライベートにおける女性関係の指標なのかもしれない。

これまではそうだった。
チョコレートを貰うという行為は現実でしか成しえなかった。
でも今は違う。僕たちは2016年に生きている。一昔前の漫画や映画ならSFの扱いを受けていた時代に、僕たちは生きている。
この近未来、遂に僕たちは現実世界以外からチョコを貰うことが出来るようになった。

そう、ヴァーチャルの世界からチョコを貰えるのだ。二月十四日になると画面の中にいる彼女たちは一言の挨拶と共にチョコを差し出してくる。スマホや携帯ゲーム機に住む彼女たちからチョコを受け取り、ひと時の幸福に浸るのである。
そのチョコは触れる事も食べることも出来ない。箱の中身はどのような形をしているのか判別することすら難しい。だけど、確かに貰ったという記憶と記録だけは残り続ける。
例えそれがプログラムの集合体であったとしても、僕たちは確かにチョコを貰ったのだ。

VRの技術が発達すれば自室に彼女を呼び出すことも可能になる。そこでチョコを手渡ししてもらうことも出来てしまうのだ。
バレンタインデーだけではない。クリスマスも正月も、家で彼や彼女と過ごすことができちまうんだ。

ヴァーチャルってのはなんて素晴らしいんだろうか。もはや非モテが死滅し国民全員がリア充になる日がやってくる。その日はすぐ目の前にあるのだよ。
チョコを貰い、お返しをして、クリスマスパーティーが出来るヴァーチャルなパートナーが完成する日は近い。

諸君、君たちはもはや非モテではない。
VRを駆使すればリア充になれちまう。好きな相手と一緒に暮らすことが出来ちまう。これをリア充と言わず何というのか。他の呼び方があるなら教えてほしい。ヴァーチャル充、略してヴァー充とでもいうのか?カードゲームのモンスターみたいだ。

と、話はずれたが、今まではリア充と呼ばれる存在しか味わうことを許せなかった感覚を、非モテでも味わえるのだ。
皆もリア充になれる。理想のパートナーを作れる時代が来るのだ。未来世界では非モテという概念すら消え失せているかもしれないんだぜ。

これが僕たちの想像した未来の形だ。未来はすぐそこに迫っている。今すぐみんなでリア充になろう。非モテの鬱屈とした感情を投げ捨てて、希望のリア充になろうじゃないか!
希望の夏、夢のクリスマスがすぐそこに存在している!

 

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