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シン・ゴジラが抱える初代ゴジラの呪い

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呪いのすさまじさに震えている@Sanyontamaです。

待ちに待った日がやってきた。謎に満ちた「シン・ゴジラ」がベールを脱いだ。


エヴァンゲリオンで知名度のある庵野秀明氏が総監督と脚本を務め、日本沈没、進撃の巨人を手掛けた樋口真嗣氏が監督と特撮怪獣を兼任する。

2014年にハリウッド版が公開され、そのゴジラらしさに往年のファンは感涙した。2016年は本家本元の日本が再びゴジラを世に放つ。ファイナルウォーズから11年を経て、国産ゴジラが遂にベールを脱いだ。

シン・ゴジラ、略称はシンゴジになるのだろうか。今回のゴジラは目が小さく、どこか奇形のような不安と恐怖を与えるデザインになっている。
戦後間もなく製作された初代ゴジラのリアリティに対して、311を経験した現代だからこそ成しえた原点回帰のデザインだと、イメージデザインを手がけた前田真宏氏は語っている。

庵野ゴジラ、ほえる!『シン・ゴジラ』特報&ビジュアル公開! - シネマトゥデイ


原点回帰。シン・ゴジラは初代を意識した作品だという事が明らかになった。確かに世界の日本社会の雰囲気も1954年と似ているのかもしれない。だが、その初代的雰囲気が面倒くさい。既に頭を抱えるしかない状況に陥っている。

初代の呪い


1954年に第一作が製作され、2004年にファイナルウォーズで一旦幕を閉じた。
初代ゴジラは明らかに核や戦争という物を意識して製作されていた。徐々に戦争の記憶が薄れていく日本人に対して警鐘の意味合いが込められていたと思える。
初めてのゴジラは、確実に戦争という物を体現した存在のはずだ。八岐大蛇が洪水の化身(様々な説はあるが)として描かれたように、ゴジラは核の化身として、現代の神ともいえる存在として生まれた。

だが、その後は戦争の重苦しさが消え去っていった。ヒーローのような存在へと徐々に変貌していく。シェーをするゴジラが出現し、いつしか凶悪怪獣から地球を守るスーパーヒーローになった。

1984年にゴジラがリブートされる。これは初代的な重々しさを残した作品に仕上がっていた。だが続編である89年のビオランテ以降は、再びヒーローのような存在へと移ってゆく。
ゴジラという存在がある種のアイドル的立ち位置を得て、年末の風物詩となったのが平成シリーズだ。

ゴジラ2000ミレニアムから開始されたミレニアムシリーズは、作品ごとに世界観がリセットされ、ゴジラの描き方も作品によって異なっている。完全なる悪としてのゴジラもいれば、善にも悪にも捉えられないゴジラもいた。

ゴジラは作品によって描き方が異なっている。
ヒーローであれば悪でもあり、悲劇的な存在でもある。つまり「これがゴジラ」という定義は存在していないのだ。

核に絡んだ出自を持っていればゴジラなのだろうか。
現代日本は311を経験して、核という物について考えさせられている。そんな日本にゴジラが再び出現するのは、必然的なのかもしれない。
311と初代と言うキーワードから察するに、核問題などが絡められた重苦しい作品になることは間違いないだろう。

人によってゴジラ像が異なる。
ゴジラに核や戦争と言ったメッセージを求める原理主義者も存在している。一方でゴジラにそんなものは必要ないと一蹴する人もいるわけだ。

ゴジラというジャンルは世代間の軋轢が凄まじい。時代がゴジラを変貌させていったから、自身の中にあるゴジラ像という物が固定化されてしまっている。
初代原理主義もいれば、チャンピオン祭り原理主義、平成原理主義、迫害されるミレニアム肯定者。その闇はあまりにも深い。
そんな軋轢の存在するジャンルにやってきたのが、陰鬱さを印象付けるシン・ゴジラだ。

初代原理主義からすると核問題が内包されているであろうシン・ゴジラには期待しかしていないだろうし、チャンピオン祭りや平成原理主義からしてみると、ゴジラの活躍が見られればいいだけだからこそ、陰鬱とした内容に不安を抱いているかもしれない。
平成シリーズなんかは怪獣の脅威や恐怖よりも、怪獣のかっこよさ、つまりはアイドル性をとことんまで描いている。だからこそヒットしたし、それ故にこの世代で育った人々はゴジラにかっこよさを求める傾向にあるだろう。
そんな人からしてみると、シン・ゴジラの不気味なヴィジュアルは「これゴジラじゃない」との結論へ至らしめるには十分過ぎる。
何度も言うが人によってゴジラの定義は全く異なっているのだ。

この面倒くささも、完全に初代ゴジラの呪いだ。
初代ゴジラというゴジラを完成させた作品を神格化してしまうのは無理もない。
シン・ゴジラの原点回帰を見て、やっとゴジラが戻ってきたと安堵する人もいれば、こんなのゴジラじゃないと不満を漏らす人だって出てくるだろう。全ては初代ゴジラから始まっているのだ。世代間軋轢を生んだのも、シン・ゴジラが原点回帰したのも、1954年のゴジラが存在しなければ発生しなかったことだ。
この期待と不安すら初代ゴジラの呪いなのだから、この作品がどれだけ偉大な物かを改めて実感している。

でも新情報が出るたびに原理主義者同士で殴り合わないと、ゴジラ新作がやってきた気分にならないのも事実だ。
この面倒くささもひっくるめてこそのゴジラなのだろう。