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せまひろかん

どこまでも

せまひろかん

ネタとガチと小説的な物が存在している

もはやTwitterは一般の意見を反映し見識を広めるツールではない

コラム

twitter egg

@Sanyontamaです。

Twitterが衝撃を受けていた。
2015年日本映画国内興行ランキングを掲載しているサイトが話題となり、そこで「マッドマックス・怒りのデスロード」が第38位と言う衝撃的な順位を示していたのだ。

entamedata.web.fc2.com


38位。
進撃の巨人前編よりも低い。少女漫画の実写版やマイ・インターンよりも低い順位だ。この事実にTwitterは震えていた。
まじっすか・・・?と私も順位に衝撃を受けて膝から崩れ落ちそうになった。

マッドマックス・怒りのデスロードといえば作品の質はもちろん、その中毒性から鑑賞回数を劇中の「V8」という言葉になぞらえて、「V何回」と表現することが当たり前と化している。現在も日本のどこかで上映されており、年越しカウントダウン上映も予定されている怪物作品だ。

そんな作品が38位というのはあり得ない、と率直に感じた。
個人的には興収50億ほどに達している作品だという感覚があったからだ。
なぜ、38位なのか。衝撃的な順位に「やはり今の日本では理解されないのか」と悲嘆に暮れ始める始末だ。

しかし、なぜ「あり得ない」と思ったのだろうか。冷静に考えてみたところ、その理由はとんでもなく簡単な物だった。

38位との情報を得たのはTwitterである。そして衝撃をもたらす原因となったのもTwitterだったのだ。

私は映画クラスタに所属する人間とでもいうべきだろうか。基本的には映画の事を呟いている。フォロワーも映画ファンがメインである。
そんなフォロワーばかりで構成されるTL(タイムライン)にはやはり映画の話題がメインとして流れてくるのだ。
今年6月、マッドマックス・怒りのデスロードが公開された時から流れは変化した。TLは絶賛の嵐であった。マッドマックス中毒者が続出し「V8達成」や「V10行けた」というつぶやきも流れてきた。

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マッドマックスはファーストランが終了しても続映され、新規4DXシアターの目玉作品としてリバイバル上映されるなど、本日に至るまで上映され続けた。今もエキスポシティで上映中だ。
我がTLにはどこそこ上映中、リバイバル予定の情報が随時流れてくるし、未だに「劇場で見た」との報告も聞かれる。
これほど多くの人が見に行き、未だに上映されている作品が38位なわけがない。
そんな勘違いしてしまうのも仕方がないのだ。

Twitterには「バイアス」がかかっているからだ。

例えばアニメ好きがTwitterを始めたとする。
フォローする人は「アニメ好き」になるだろう。そのアニメ好きから「自分の好きな作品やジャンル」を好きな人をフォローしていくことになるだろう。
放送後に不特定多数の集まる掲示板ではメタメタに叩かれていても、自身のTLでは「良かった」と称賛のつぶやきで溢れていることもあり得る。

漫画や音楽でも同じだろう。
基本的に「趣味の合う人」をフォローしていく。
「ロックが好き」などと特定のジャンルや歌手を好む人をフォローしていくことになるだろう。

映画好きは映画好きをフォローする。
フォロワーの大多数がマッドマックスを鑑賞していたし、リピートする人も多かった。当然、話題になると理解しているから公開日に鑑賞する自分もいるわけだ。そんなこともあって一時期はTLがマッドマックスで染まっていた。
だからこそ、勘違いするのだ。
皆がマッドマックスを観に行っているから、大ヒットしているものだと思い込んでしまう。リピーターが続出しているから、興収50億を突破したような感覚になってしまうのだ。


自分のTLだけ見ていると、マッドマックスはジュラシックワールドよりも大ヒットしているし、国民全員が観に行っている計算になってしまう。逆に第3位の妖怪ウォッチを見に行くひとはほぼいなかった。
マッドマックスを見たという報告があまりにも多すぎる。映画クラスタのTLでは他作品においても同じ現象が頻繁に発生しているはずだ。
キングスマンも同じだ。見た、ハマったとの声が多かった作品だが、興収10億円に届いていないという事実には驚くしかない。マッドマックス並といかないが、自身のTLでは2015年日本映画国内興行上位10作品に食い込んでいるのかと錯覚するほどの鑑賞率を誇っていた。

これがTwitterのバイアスだ。自分の趣味に合った人しかフォローしないからこそ生み出されてしまう勘違い。
これはどんなクラスタでも発生しうる現象だ。マイナーなジャンル・作品であればあるこそ、実際の売り上げ規模とTLの鑑賞・購入率が生み出す認識のズレは大きくなる。

つまり、Twitterとは「自分の世界」しか構築できないのだ。
幅広い情報を手に入れるため。そんなことを心がけていても、いつの間にかその理想は消え去ってしまう。
自分とは正反対の意見を持つ人をフォローしていても、自分の好きな作品を馬鹿にしすぎるからフォローを解除してしまう。
いつの間にか理想は消え去り、自分の理想郷が完成しているのだ。

だからこそ、誰もが勘違いしてしまう。
あれほど話題で人気があった作品が38位・・・?と衝撃で震えてしまうことになるのだ。

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TwitterのTLを構成する主要素は「自分の趣味嗜好、思想」だ。
いわゆるヲチ目的以外では自分と正反対の意見を持つ人間を積極的にフォローしようとは思わないだろう。
「こいつはアホ」と馬鹿にして悦に浸るために正反対の意見をフォローしているに過ぎないはずだ。

だからこそTwitterは「一般の意見を反映したものではない」と言いたい。
フォロワーは趣味が合う人ばかりだ。必然的にTLも自分好みに染まっていく。相手の趣味を強制的に変化させたわけでもないし、Twitterが勝手に仕組んだものでもない。
全ては自分が生んだものだ。自分の価値観が理想のTL構成へと導いている。

不特定多数参加型の掲示板で好きなものが馬鹿にされているのを見ても、TLでは称賛に満ちている。それをみて安心してしまうのがTwitterの魅力でもあるし、毒でもある。
Twitterとは「イエスマン」の量産所なのだ。自分が論破されても、自分の意見を支持してくれる人がいる。それを見て「俺は間違っていない」と自身を肯定させるためのツールになっている。
意識して反対意見を取り入れようとしても無理だ。それをできるのは政治家か企業や作家などと言った、特殊な存在だけだろう。

一般人に「多くの意見を取り入れよ」なんて聖人のような真似は出来ない。
見識を広めるためにTwitterを始めたとしても、いつしか趣味の合う人ばかりをフォローしてしまい、見識なんてものは逆に狭まってしまう。
ストレス社会では「腹の立つ意見」を見たくないはずだ。だからこそ、人は「独りよがり」なTLを生み出してしまうのだ。

こんなツールで一般の意見を取り入れることは難しい。自分の趣味嗜好、思想がTLを生み出しているのだから、一般の意見なんてものは最初から存在しないのだ。
初めから「結論ありき」でTLが構築されていくのだから仕方がない。一般の意見を求めていても、いつの間にか理想郷になってしまうのがTwitterの性だ。

本当に一般の意見を集めるには相当な覚悟が必要だろう。罵詈雑言にも耐えて、意味不明な意見にも耐え抜く必要がある。忍耐力が必要とされる行動だが、そこまでして得たい「一般の意見」なんか存在するのだろうか。

もはやTwitterは一般の意見を反映するツールでも、見識を広めるツールでもない。
Twitterとは「自分の趣味嗜好、思想を先鋭化させる」ツールなのだ。
そこには「普通」が存在しない。偏った情報が集まっている。
それがTwitterなのだ。

だからTwitterをやめろとは言わないし、私自身これからも使用し続けていく事だろう。
現実社会でストレスを抱えているのだから、わざわざウェブ上でもストレスを抱えたくない。偏った意見ばかりになっていても、自分が満足し安心してこれからも呟いていけるのならば、それでいいと思える。

もしかすると、Twitterは現代における心の清涼剤なのかもしれない。