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迷路は消滅せず? メイズランナー2における『メイズ(迷路)』の意味を考察する

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 迷路からの脱出を果たした彼らの行く末はどこか。Maze(メイズ:迷路)を失った作品は、どう向かうのか。
 日本では第一作が話題となったせいか、本作はは世界公開とのタイムラグも短縮されての日本公開となった。

 ヤングアダルト小説の映画化第二弾。前作メイズランナーで迷路を抜け出した若者たちの行く末を描いている。ただし映画版は3部作構成のため、今回も物語は完結しない。

 近年ではハンガーゲームに代表される「ヤングアダルト」というジャンルの小説を実写化する流れが加速している。この流れに乗るべく制作されたと思われるのがこのメイズランナーだ。
 日本では世界から8か月程遅れ、チャッピーの前日に公開された。様々な意味で話題となっていたチャッピーが勝つだろうと誰もが考えていた最中に、まさかのメイズランナー勝利とのランキングが発表され騒然となった。

 核心に迫るネタバレを含みます

 MCUのように年季の入ったシリーズでもなく、原作小説が話題になったわけでもない。日本ではほとんど無名状態であったのだが、若者を中心にSNSで口コミが広まりヒットにつながった。
 チャッピーを超えたことで1作目を駆け込み鑑賞してきたが、これが中々良くできていた。2作目を見たいと思わせる締め方であったが、迷路を失ったせいで作品の本質が崩壊するのではとの不安を抱えたのも事実だ。

 このシリーズの見所は疾走感ある逃走劇と謎解きだ。
 疾走感は前作で既に証明済みである。今回は荒廃し砂漠化した都市を舞台にウイルスに犯されてゾンビ化した人間「クランク」と主人公トーマスたちを捕えて迷路に送り込んだ「WCKD」から逃走する。
 その疾走感は絶叫マシーンを思わせるほどであり、行きつく暇もなく画面に熱中させてくれる。この危機をどのように切り抜けるのかが分からない。それが手に汗握る興奮感をもたらすのだ。
 前作同様に、今回も走る。その疾走っぷりは「ランナー」の題を裏切らない。

 しかし、ランナーの題は維持しているが肝心の「メイズ(迷路)」はビジュアル的な面で失われてしまった。
 前作で迷路を抜け出し、今回の舞台は砂漠である。入り組んだジャングルでもないし、だだっ広い荒涼とした砂漠なのだ。画面を見る限りでは迷路が完全に失われたように思えるのだ。

 だが、この作品は「謎」を抱えている。
 世界がなぜ荒廃したのか。若者が迷路に送り込まれた理由とは。WCKDの目的とは何か。それが分からずに逃げ続けるしかない若者たち。観客も謎の真相を知らないトーマスたちと視点が同じなので、感情移入がしやすいのも魅力である。
 その謎は物語が進むと徐々に明らかになっていく。

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 若者を過酷な状況に追いやるWCKDから逃げると決意しても、どこへ行けばいいのか分かない。WCKDと敵対するライトアーム(RA)の存在を知り、そこに駆け込もうと考えるも、そんな組織が実在するのか、どこに存在しているのかも分からない。それでも、とにかくWCKDから逃げるしかない。
 
 対してWCKDは若者を捕えて体液を搾取していた、屠畜場の如く、若者は吊るされ体液を抜かれ続けて死んでゆくのだ。彼らの血液にはクランク化を防ぐ免疫力が備わっているからWCKDは若者を捕え続ける。これは全て治療法を見つけると誓った医師エヴァ・ペイジの強権さにより実現している。治療法を見つけるためなら若者の犠牲もいとわない。わたとえ大多数の人間が不幸になろうとも、それで救える人間がいるのだから、彼女は若者を犠牲にささげるのだ。
 搾取される若者と、搾取する大人という構図。これは現実社会にもどこか通じる構図だ。大人が作り上げた閉塞感を、どうにかして打破しようとする若者たち。メイズランナーもまた、現代の格差を映し出しているのだろう。

 トーマスはエヴァの狂気と強権を目の当たりにし、遂に走ることをやめてしまう。若者たちを犠牲にするエヴァへの怒りが確固な物へと変貌し、決意するのだ。
 エヴァ・ペイジを殺すと。
 
 エヴァの思想も間違いではない。世界を破壊し、人類を滅亡へと追いやるウイルスの治療法を見つけることは医師として正しい行動だ。そこに何ら間違いは存在しない。ただ、人間の若者を犠牲にするという手法が間違っているのだ。人を救うために人を犠牲にすることがあってはならない。だが、それしか道がないと突き進み、若者の犠牲を強いている。そして、とうとう若者の怒りを買うわけだ。本当に正しい行動とは何か? それを見つけ出せずに、自分の考えが正しいと妄信しているのだ。

 そしてトーマスたちも未だに迷路から抜け出せていない。エヴァを殺すと決意した。しかし彼女の思想は正しい。だけど手法が間違っている。人を救うために若者に犠牲を強いるからこそ、止めなければならないと強く感じている。しかし、どうやって彼女を殺害するかという方法は見いだせていない。圧倒的不利をどう逆転するのかが分からない。ウイルスへの対処も、エヴァを殺害する方法も、殺害後の未来を見つけられていない。
 それでも突き進むしかない。誤った行動に終止符を打つために、トーマスたちはエヴァを殺すと決意した。光のない暗闇の中で、存在するのかすら分からない出口を求める。出口の向こう側が希望に満ちているのかも分からないけれど進むしかない。両者の姿はまさに迷路を彷徨っているのだ。

 ヴィジュアルという意味での迷路は失われてしまった。だが物語の本質という点で健在しているのだ。むしろ迷路は前作以上に強調されているのかもしれない。
 息つかせぬ疾走感。しかしながら本編自体は長く感じたのも事実だが、3作目への期待が俄然に高まる終わり方なのだからやられたというしかない。
 若者たちが掴み取る未来とは何か。完結編からも目が離せない。