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『言の葉の庭』というゲリラ豪雨

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どんよりとした空模様になると見たくなるのが「言の葉の庭」だ。
 靴職人を目指す高校生「タカオ」と、昼間から公園でビールを飲む女性「ユキノ」の交流を描いた作品。

 明媚な映像と、音楽、無駄のない演出が見事に絡み合う。両者の切迫した感情が、豪雨のように見る物を襲う。この作品はこれまでの新海誠作品とは違い、どこか大人びた高級感が漂っている。
 同時に苦みも混ざる作風故に、心がかき乱される感覚にお陥る。雨と言葉がテーマだから、その内容は今まで以上に現実的な物へと進化している。
 やはり下手なSFやファンタジーよりも、日々の日常世界を淡々と描く作品のほうが新海誠監督の本質を発揮できるのだと確信する。

 ネタバレがあります。

 タカオとユキノは雨の日にしか会うことが出来ないという奇妙な関係を築いてしまっているがゆえに、その関係が破たんしない様に当たり障りのない会話を並べていく。その様子と雨が見事にミスマッチしていて、どこか空虚さを醸し出している。

 二人は切迫した感情を持ち、どうにか現状を打破せねばと危機感を抱きながら日々を過ごしている。素性の知れぬ相手だからこそ、雨の日にしか会うことができないからこそ、まるで空想世界がそこに発生したような感覚に陥るのだろう。交流を深めていくうちに、お互いの弱さと孤独を知り、ますます、両者は会いたがり、惹かれていくのだ。

 気分を憂鬱に陥れる雨。普通なら降らなければいいのにと願う存在だ。しかし、二人は雨の日にしか会うことが出来ないという特殊な関係で結ばれているがゆえに、雨の到来を待ちわびている。お互いが必要不可欠な存在なのだと認め合っていく。だから、二人は会いたがるのだ。互いに似たような感情を持ち合せていると知っているからこそ、支えあうことが出来るのではと考えている。
 交流を深めていく描写も無駄がない。テキパキと進んでいく、激しい音楽の旋律が濁流となり、観客に映像を流し込んでいく。

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 映像と音楽の濁流に登場人物のモノローグが重ねられるおかげで、どれほど現実に苦痛を覚えているのか、どうやれば前進できるのか、その苦悩が激しく迫ってくる。
 濁流は両者が「どれだけ会いたがっている」のかを強く印象付けることに成功している。

 両者の秘密。それを知ってゆくうちに、タカオは世界の真実がユキノにあるように錯覚するほど、彼の心には彼女が大きな存在として君臨していたのだ。
 靴を作ることだけが自分を違う場所に連れていってくれると考えている。
 そしてユキノのために靴を作る。
 彼女の足に、素肌に触れる。世界の真実に触れ、自分の作った靴が彼女の足で履かれた瞬間に、世界は自分を受け入れてくれるのではないのかと考えているのかもしれない。

 靴づくりの採寸シーンがこれまでの新海作品にはない「エロティシズム」な雰囲気で支配されている。
 そもそも、本作のアニメーションは秀麗である。雨や草木の描写は芸術と形容しても過言ではないほどだが、この採寸シークエンスは、美しさを超越した肉感的な色情さを持ち合せている。
 画面から素足の柔らかさや、肌触りまで伝わってくるような錯覚を与えてくる。ただ素足を採寸しているだけなのに、裸の男女がベッドで情事になだれ込むかのような絵に思えてくる。初々しさあふれる初体験というわけではなく、どこか破滅しそうな緊迫感を持ち合せた情事。それは互いを壊さぬように行われるために発生するのだろう。
 見る物を無言にさせる艶やかな映像が両者の絆を強調している。

 物語の冒頭と最後で万葉集の一句が引用されているのだが、これも深い意味を持たさている。
 雨が降ったらあなたを引き留められる、との意味を持つ万葉歌をユキノが冒頭で口ずさみ、最後の場面でタカオは、雨が降らなくてもここにいる、と返し歌を伝える。
 万葉歌は世界が変貌し壊れる様を暗示しているのだ。
 言葉をテーマにした作品で万葉集を引用、ただの引用ではなく意味を持たせる脚本は見事である。

 言葉というテーマだからこそ新海作品の真骨頂ともいえるモノローグの多様も効果的なものになっている。
 人物の内面や行動で、心理や思考、感情を伝えるのではなく、あえてモノローグを多用することにより、観客を作品へと引きずり込んでいく。
 言葉が全てに作用するこの作品では、言葉以上に心情を伝える道具は存在しない。ペラペラと心情を喋りすぎても、それは言葉なのだからそれでいい。モノローグの多用が、ラストの慟哭にも似た叫びを一層際立たせている。
 言葉でしっかりと伝えなければならないことがある。そうしなければ自分の世界が変貌することもなかったのだ。
 言葉の重さを描いた紛れもない傑作。

 本編が46分しかないために、演出、映像共に無駄が一切存在しない。突如として降り始めた雨のように見る物を襲い、突然に晴れ渡ってゆく。どこか爽やかだが苦みを残し、切なさを与える終わり方。
 
46分間は雨に打たれ続けるだろう。その様はまさにゲリラ豪雨そのものだ。

 アニメーションも一級品であり、この作品に敵う美麗なアニメ映画は存在しないと思える。
 あまりにもリアルな映像が、どことなく幻想的世界にへい込んだように錯覚させてくる。雨に濡れた体、ウッドデッキ、電車の窓・・・。舞台は現実的な世界であるはずなのに、そこは全くの異世界になっている。現世で巻き起こるファンタジーのようだ。
 アニメーションだけでも見る価値がある。

 新海作品の最高傑作といっても差支えのない作品が「言の葉の庭」だ。