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日本古典アニメの白蛇伝が凄すぎて現代日本アニメとは別物に思える話

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こんにちは。
@Sanyontama (さよたま)です。

いやあ凄かった。日本の古典アニメだが、圧倒された。
アニメーションが独特ともいうべき夢物語の世界を見事に完成させている。まんが日本昔話に繋がる普遍的なお話と、幻想的で煌びやかな絵が本当に素晴らしい。
1958年のアニメ映画とは思えない「完成」された作品だ。
ただ、日本初の総天然色漫画映画であるのにお話は日本の民話でも神話でもなく中国の民話なのだ。ここが本当に惜しい部分であるし、悲しい部分である。

60年近く前のことをとやかく言ってもどうにもならないが、当時の日本でこれほどの高品質なアニメーションを世に送り出せただけでも快挙と言える。
森繁久彌と宮城まり子が一人十役という点もぶっ飛んでいる。見事に演じ分けているのだ。昨今の声優や俳優に爪の垢を煎じて飲ませてあげたいと思えるほど別人を演じている。

この作品における特筆すべき凄さ」は予告編に当時の東映取締役である大川博氏が登場し、白蛇伝への意気込みを大いに語る点だ。凄い。世界に打って出ると高らかに宣言するあたり、何やら政治家の演説を思わせるのだ。
予告自体が5分以上あり、その大半は大川博氏による作品への自信を語ることに費やされているのだ。
ドキュメント性を帯びた、摩訶不思議とも思える予告編だ。当時の制作風景が登場するあたりは、資料的価値も高い、
とてつもない。それほどまでにこの作品へ全力投球していたことがはっきりとわかる。

物語は非常に簡単なものである。あらすじとしては以下にまとめられる。
少年は市場で見世物のようにされていた白蛇を購入して救う。両者は仲良くなるも、周囲からは気味悪がられ、白蛇を泣く泣く野に捨てることになってしまう。
数年後、少年の目の前に美女が現れる。それはあの時の白蛇であった。両者は中を深めていくのだが、白蛇だという正体を知る和尚により恋路を阻まれるのであった・・・。

優しくしてくれた人に化けて現れ、その人に近づこうとするのは日本の昔話でもよくある形式である。そのために、日本人でもすんなりと受け入れられる内容だ。
物語自体は非常にゆったりとしており、物足りなさを感じるのは事実。しかし、その緩やかさが夢物語を強調しているようにも思える。なんとも不思議な作品という印象を受けた。

日本では戦前戦中にもアニメ映画は製作されていた。「桃太郎海の神兵」や「くもとちゅうりっぷ」などが有名である。前者は手塚治虫に大きな影響を与えたといわれているが、当然ながらモノクロ作品である。
白蛇伝の偉大な点はやはり「カラー(総天然色)」だということだろう。日本初の総天然色長編漫画映画だ。当時はアニメという呼称がなかったのか、それとも浸透していなかったのかは不明だが、漫画映画という呼称が使用されている。
この白蛇伝はのちに世界へと名を轟かすことになる宮崎駿氏がアニメーションを志すきっかけになったといわれる伝説的な作品である。
煌びやかな色彩、夢心地な物語。日本アニメが、いや日本映画が失いつつある確固たる別世界を銀幕に作り上げている。

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白蛇伝を語る上でやはり欠かせないのがディズニーという存在だろう。
そもそもこの予告に大川博氏が登場という点も白雪姫を明らかに意識している。
1937年アメリカ公開、1950年日本公開のディズニーアニメーションの白雪姫だ。その出来栄えには日本中が衝撃を受けたという。戦前にこれほどまでのアニメーションを製作できたという事実もっとも衝撃的だったとも伝えられている。
そのオリジナル予告編にはウォルトディズニー氏が登場して七人の小人などの説明を行うのだ。
明らかに意識しているのだ。大川博氏が白蛇伝を説明する。漫画映画は実写と違い国際性を持つ故に立派なアニメーションを製作し世界に進出すると語っている。
その演説内容には「ディズニーよ待っていろ」というメッセージが強くこめられていることがはっきりとわかる。

このアニメーションは凄い。
見ているだけでうっとりとしそうなほどに滑らかに動くのだ。
アニメーションの技法としてはディズニーの模倣だ。人物の動きをトレスしてアニメに落とし込んでいる。いわゆるロトスコープである。ディズニーの白雪姫でもロトスコープが用いられている。
つまりは20年ほど遅れているのだ。ロトスコープに走るあたり、当時としてはこれがアニメーション技法の完成形だったのかもしれない。そもそも白雪姫におけるロトスコープも別スタジオの模倣なのではあるが・・・。

ぎこちないシーンはあれども完成された映像に仕上がっている。
キャラクターは流れるようなボディをしているし、アニメーションは非常に滑らかで特に動物の動きは活力を感じさせるほどである。
終盤に巻き起こる嵐のシーンは完璧と言っていいほどに完成されている。波の動きは見事というほかなく、あまりにも写実的で呑まれそうなほどだ。現代アニメで白蛇伝の波のうねりを超えるものはないんじゃないのか。ポニョがこれに並ぶぐらいなのでは。

あまりにも滑らか。躍動感にあふれて人物がしっかりと生きている。
だからこそ現代アニメと「隔絶」されている気がするのだ。

白蛇伝が現代に続く日本アニメの礎を築いたのは確かだ。
ディズニーの手法を大いに取り込み、また中国の民話が題材であるために日本のアニメとは思えない異質さがそこにはある。
生物が生物然とした描写は圧巻だ。これほどまでに生きていると感じる、重さを感じるアニメーションは現代ではなかなか見られない。ジブリ映画ぐらいだろうか、白蛇伝の血を受け継いでいるのは。

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「これが我々の本気だ。東洋の島国でもディズニーを生み出せる」
その事実を強く見せつけたのが白蛇伝だ。当時としては世界的にも珍しい最新式の機材を導入していたりと、技術向上のための実験作とも見ることができる。
予告編で大川博氏がアニメは国際性があるというように、人種や宗教を感じさせないのがアニメーションの持ち味だ。だからこそ実験的な意味合いを持っていても完璧な作品を作り上げなければ、誰も見てくれない。どの国の人が見ても楽しめるように、現実ではない夢と希望の世界を作り上げるのが責務なのだという強い思いがあったはずだ。

だから白蛇伝を見て日本アニメは確実に夢と希望を失っていると強く感じてしまった。
今の日本アニメは夢や希望は消え失せたと感じる。
これを見た後だと現代アニメに「軽さ」を感じるのだ。全てが宙に浮いているというか、現実の延長線上としか思えない。
アニメとは何か。子どものものかもしれない。しかし、今の日本アニメに子どもが楽しめる作品がどれだけあるのだろうか。
白蛇伝の予告には「大人も子どもも一生忘れぬ面白さ」と書かれたテロップが登場する。
今の日本アニメは子どもだましとしか思えないような作品ばかりであり、逆に大人にしか見せられない作品であふれてしまっている。
つまり、極端な状態に陥っているのだ。

子どもと大人の両方を楽しませる日本アニメがどれだけあるのだろうか。
それができたのはジブリでも一部の人間で、その人は引退してしまった。
今、大人も子どもも楽しめる真摯なアニメ作りをしているのは、やはりディズニーをはじめとするアメリカアニメなのではなかろうか。
その、夢と希望を忘れない姿勢が一貫しているからこそ、アメリカアニメが世界に受け入れられているのかもしれない。

今の日本アニメとは全くの別物に思えてくるのだ。どことなく、現実が透けて見えるのが現代アニメの病かもしれない。
あまりにも凄い作品故に、現代とは隔絶されたものを感じる。今のアニメとは別世界の産物だ。日本アニメはどこで道を誤ったのだろうか。


この異常ともいえる熱に帯びた作品が再び登場することはないだろう。
予告編から本編まで、目が離せないという驚異の作品。日本アニメの礎であるからこそ、見てほしい。
そして、そこにある別世界を体感してほしい。失ってしまったすべてが、そこに凝縮されているのだ。