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『劇場版弱虫ペダル』、それは『終わりを知らない物語』

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週刊少年チャンピオンを購読していた時期もあり、思い入れの強い作品である「弱虫ペダル」の劇場版が公開されたので早速鑑賞した。

この作品は遅咲きだったように感じる。アニメ化発表から放送までの時間が長かったように記憶しているため、現在放送中である「実は私は」のアニメ化発表から放送開始までの期間が異様に短く感じられるほどだ。

 

少年チャンピオン作品が劇場アニメ映画になるのは久々なのでは。チャンピオンの屋台骨と言われる刃牙ですら成し遂げられなかった偉業を軽々と遂行する点に、人気の高さが伺えるという物だ。

 

さて、劇場版の時間軸はTVシリーズ最終回後になっている。チーム総北最後のレースと銘打たれた本作。原作にもないオリジナルストーリーである。

熊本を舞台に三年生が下級生に「未来」を受け継ぐ話だ。

 

以下ネタバレを含みます。

 

・溢れる原作愛

正直なところ、純粋に面白いとは言いにくい。それは一つの映画として見た場合の話だ。

この作品は、本当にTVシリーズか原作を読んでいないと物語に入り込むことができない。昨今のテレビアニメの映画版が陥っている安易さが、今作でも踏襲されてしまっている。初心者向けではない作品になっている。

ただ、当然ながらTVシリーズを見ていれば楽しめるのは確かである。

 

さて、この作品はやはりキャラクターが魅力的に描かれている点であろう。

どのキャラクターも性格が似ることなく、癖のある特徴を有している。

主人公「小野田坂道」はアニメオタクという設定だ。スポーツ漫画にはあるまじき設定に思えるが、これも特徴を描くうえでは重要なポイントになっている。アニソンで仲間の心を一体化させるなど、小野田坂道にしかできない手法を披露するなど、各キャラは何かを持っているのである。

小野田坂道は自宅から秋葉原まで片道45キロをママチャリで余裕の走破を行うなど、アニオタをこじらせすぎたがゆえに、自転車の才能まで得てしまったという巧みな設定を有している。

 

だが、このアニメオタク設定は原作で少しの間忘れ去られたような扱いになっていた。インターハイの途中でアニソンを歌いはじめ、その設定を急きょ思い出したかのように描かれていた。

だが、アニメ版は膨大な原作を圧縮しているおかげか、アニオタ設定も随所に盛り込み、視聴者に設定を忘れさせない演出が取られている。

劇場版でも冒頭は秋葉原から始まり、レース中にアニソン歌唱でチームの結束を高める。しっかりと、アニメオタク設定を盛り込んでいる。

この点でアニメ版スタッフが原作を良く理解していると実感でき、安心して鑑賞できるのだ。

 

ただ不満としては上記の一見さんお断り仕様。そして新キャラクターの描き方を失敗しているように思える点だ。

総北、箱学、京都伏見、呉南とお馴染みのチームが大勢入り乱れる熊本レース。おかげで新キャラ「吉本進」を持て余らせてしまったように見えた。クライマーとして、特徴的な動きもなかったのが残念だった。

 

・これは「終わらない物語」

インハイ後に訪れる三年生の進学による部からの卒業。それに直面した下級生たちはどうするのか。

少年スポーツ漫画にはよくある、引導の話である。

 

三年生の引退が迫る中、最後のレースは熊本で行われる。

主人公「小野田坂道」の精神的支柱として君臨した三年生の「巻島祐介」がイギリスへ出国する準備に追われ退部してしまう。そのためチームは一人が欠けた状態でレースに挑まなければならず、クライマーのエースとなった小野田坂道は重圧によりまともなレースを行えなくなる。

 

小野田坂道の特徴はメンタル面の弱さである。

自身の処理が追いつかない事態が発生すると、それだけでペダルが回せなくなり、先頭争いから脱落してしまうほどだ。

メンタル面の弱さ、それが徐々に克服されていくのがTVシリーズであった。

 

しかし、今回は精神的支柱である巻島祐介が退部してしまうのだ。その衝撃は計り知れないものであり、原作では一時的にスランプへ陥るほどである。

劇場版も同じだ。エースクライマー巻島祐介が不在。すなわち一年生の小野田坂道がエースクライマーになるということだ。その重圧のせいで熊本レース初日は山を登れないという散々な結果に終わってしまう。

 

またメンタルの弱さを引っ張り出すのか、と思うかもしれない。

個人的にもそう実感したのは事実だ。しかし、TVシリーズを見ていれば、小野田坂道がどれほど巻島祐介を慕っていたのか実感するはずだ。彼の指導がなければ、小野田坂道はインターハイ個人総合優勝を成し遂げられなかった。

インターハイでの優勝はチーム全員で、特に巻島祐介の存在により成し遂げられた快挙なのだ。

それが居なくなってしまったとき。精神の崩壊が起きかねないほどの衝撃が小野田坂道を襲ったはずだ。

それが、小野田坂道という少年の魅力を担う一端でもある。どのように、彼が難題を超えていくのか。TVシリーズでも描かれてきた成長の総決算がここにはあるのだ。

 

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熊本レース初日は箱学の勝利に終わる。

箱学もまた三年生の引退という現実に直面しており、だからこそインターハイでの雪辱を晴らすために熊本レースに参加したのだ。

特に箱学のエースクライマー「東堂尽八」は巻島祐介に執着している。彼とは因縁があり、勝負の決着がついていないのだ。東堂尽八の執着は恋慕の感情にも見えてくるから不思議である。それほど、二人のライバル関係が深く描かれている証明でもあるわけだ。

 

そんな巻島祐介は二日目に総北と合流し、最後のレースを行う。

小野田坂道へエースクライマーとして総北の未来を託すために、東堂尽八との決着をつけるために、この場にやってくるのだ。

 

劇場版弱虫ペダルはチーム総北、小野田坂道、それぞれの物語ではある。しかし「巻島祐介」最後のレースという意味合いを強く感じたのだ。

原作ではインターハイ後にイギリスへ出国してしまう。インハイ後はレースの描写がなかった。だから、アニメ版スタッフも巻島祐介へ最後の手向けとして熊本レースを用意したように思える。

 

三年生は最後のレースとなる。だから、彼らを活躍させるという流れにならない。それが弱虫ペダルだ。どのキャラも自己中心的に見えるが、しかし内心では仲間を、チームを一番に考えている。だからこそ、先輩後輩という関係を超え「ライバル」として対等に渡り合えるのだ。

しかし、その三年生の背中には「俺を超えろ」というメッセージが込められている。次を担うのはお前たちだと伝えている。

だからこそ、最後だから自分たちの言うことを聞けと強要することもなく、このレースでも下級生も三年生を超えようとする。

その「わけ隔てなさ」こそが弱虫ペダルの神髄ともいえる。

 

三年生たちの最後。それはつまり今現在のチームが「終焉」を迎えることになる。

そして、三年生たちが自身の雄姿を見せつける。それにより俺を超えてみろと、チームのエースとなれというメッセージ、すなわち「未来」を託す

 

劇場版弱虫ペダルはチームの「終焉」を克明に描き、もう彼らが揃うことはない事実を知らしめる。

それと同時に「未来」を下級生たちに託し、彼らがそれを受けり、希望を抱いて進んでいく。

 

これは確かに終わりの物語だ。しかし終わっていないという矛盾をはらんでいる。

終わりの後に訪れるのは始まりなのだから。

だからこそ、この物語は終わらない。終わったのに終わらない。先輩から託されたチームは存在している。そこに先輩たちの精神と培ってきた伝統が根付いているからだ。

終わりを知らない物語。それが「劇場版弱虫ペダル」なのだ。

 

原作では巻島祐介の不在によりスランプに陥った小野田坂道だが、アニメの世界ではそのスランプが存在せず、総北のエースクライマーとして確固たる存在になっているかもしれない。

 

 

さよたま (@Sanyontama) | Twitter